世界中の投資家が注目するFOMC(米連邦公開市場委員会)と日銀金融政策決定会合が20~21日の両日開催される。
FOMCではFRBが昨年12月以来の追加利上げに踏み切るかが焦点。先週末16日時点で市場が織り込む9月の利上げ確率は僅かに12%となっており、今月の利上げは見送られるというのがコンセンサスになっている。
FOMCで投票権を持つ10人のうち「タカ派」とみなされているメンバーが7人を占めているうえ、「ハト派」とみられてきたブレイナード理事が今月「タカ派」的発言をしたことを考えると、市場が織り込む利上げ確率は低過ぎると言える状況にある。
換言すれば、FRBは市場に利上げを織り込ませることに失敗したということ。金融政策に最も敏感に反応する米国2年国債の利回りは、週末に発表された食品とエネルギーを除くコアCPI(消費者物価指数)が前年比で2.3%上昇と市場予想を上回ったことで4bp上昇したものの0.76%と、依然として低い水準に留まっている。
8月末のジャクソンホールでの講演で「利上げの根拠が強まって来た」と発言し、市場に利上げの可能性を織り込ませる姿勢を示してきたイエレンFRB議長が、このような状況をどう考えるかも大きなポイントだ。
今週のFOMCでの利上げが見送られるとしたら、その理由として考えられるのは「経済指標が利上げを正当化するに不十分な状況」か、「市場が利上げを十分に織り込んでいない状況での利上げは金融市場に動揺を与えかねない」のどちらかになるだろう。
市場が9月のFOMCでの利上げを織り込んでいない主な理由は、8月の雇用統計で非農業部門雇用者数が市場予想を下回る15.1万人増にとどまったことに加え、米供給管理協会(ISM)が発表した8月の米製造業景気指数が7月比3.2ポイント下落の49.4と、2月以来半年ぶりに節目の50を割り込むなど、「経済指標が利上げを正当化するには不十分な状況」だという認識が広がっているからだ。
しかし、こうした市場の認識がイエレンFRB議長と一致しているかは定かではない。
イエレンFRB議長は、9年半ぶりに利上げに踏み切った昨年12月のFOMC直前に行われた上下両院経済合同委員会で「毎月10万人弱の雇用ペースを確保できれば、労働力への新規参入者を吸収できる」と証言している。
市場は8月の非農業部門雇用者数が15.1万に留まったことで利上げが先送りされると見込んでいる。しかし、8月の数字はもとより、6月から8月までの3か月平均の非農業部門雇用者数の増加は23.3万人となっており、イエレンFRB議長が昨年末の利上げ前に示した「毎月10万人弱」という水準を大幅に上回っている。このように考えると、市場のコンセンサスは「客観的見込み」ではなく、「市場の希望」に基づいたものだともいえる。
仮にイエレンFRB議長が「経済指標が利上げを正当化するには不十分な状況」だという見解を示して利上げを先送りした場合、「20万人じゃダメなんですか」ということになり、昨年の利上げ前の発言との整合性が失われることになる。
こうした事態を避けるためには、利上げ先送りする場合には「市場が利上げを十分に織り込んでいない状況での利上げは金融市場に動揺を与えかねない」という説明をするしかなくなってしまう。
しかし、市場動向が金融政策に影響を及ぼすことを認めるというのは中央銀行にとって最大のタブーである。仮に「市場が利上げを十分に織り込んでいない状況での利上げは金融市場に動揺を与えかねない」という理由で利上げが先送りされるなら、「利上げは経済指標次第」として来たFRBの見解が嘘だったことになってしまうばかりか、金融政策の決定権を市場に渡すことになってしまう。
これは、FRBが市場のコントロールを放棄することを意味するものだ。こうしたリスクをFRBがとるだろうか。
21世紀に入り、日米欧の中央銀行は「市場との対話」「フォワードガイダンス(中央銀行が将来の金融政策の方針を前もって表明すること)」という耳障りのいい言葉を使って、市場にカンニングを許すという「過保護政策」を続けてきた。その結果、今では「FRBはいつでも市場の見方」という誤った認識が市場に蔓延し、FRBの金融政策を難しくしてしまっている。
こうした「過保護政策」をFRBがどのように考えるかも重要だ。もし、イエレンFRB議長を筆頭にFRBの高官達が、繰り返し利上げの警鐘を鳴らしたにも関わらず市場が利上げを織り込まない状況をリスクだと感じているとしたら、今回は市場にお灸をすえるいい機会だと考えても不思議なことではない。
幸いなことに、中国リスクや英国のEU離脱ショックなどによる金融市場への悪影響は限定的になっているほか、2016年に入り新興国の株式市場は先進国を上回る上昇を記録しており、市場にお灸をすえやすい市場環境になっている。
重要なことは、FRBは「金利の正常化」と「準備預金の正常化」という「2つの正常化」を目指しており、「2つの正常化」のうち、「金利の正常化」を先に進めると明言していることだ。
「過保護に育てた市場」にショックを与えることを避けるために「過保護政策」を続けるか、「過保護に育てた市場」にショックを与えても「自立する市場」を求めるか。FRBは厳しい選択に迫られているのかもしれない。
FRBが厳しい選択を迫られる可能性がある一方、日銀は市場の厳しい目に晒される可能性がある。
今月の日銀金融政策決定会合で「総括的な検証」を約束したことで、市場では日銀がさらなる金融緩和が打ち出すという期待が高まっている。
確かに9月の金融政策決定会合で、日銀が何かしら「緩和策と言えるような策」を打ち出すことは十分に考えられる。しかし、そのもとになる「総括的な検証」の内容に関しては失望を与える可能性が高い。
「日本銀行は、2013年4月に『量的・質的金融緩和』を導入しました。その後3年余りの間、わが国の経済・物価情勢は大きく改善し、デフレではないという状況になりました。一方で、これだけ大規模な金融緩和を行っても2%の『物価安定の目標』は実現できていません。この間に金融政策がどのよう に機能し、何が2%の実現を阻害したのか、この点が検証の第1のポイントです」(9月5日付日銀公表「金融緩和政策の『総括的な検証』」)
7月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI)が5か月連続で前年比マイナスを記録し、異次元の金融緩和直前の2013年3月以来、3年4カ月ぶりの下げ幅となった中、日銀は依然として「わが国の経済・物価情勢は大きく改善し、デフレではないという状況」という市場とは異なる認識を示している。
こうしたコメントを見る限り、「総括的な検証」の主眼は、「何が2%の実現を阻害したのか」という言い訳探しに置かれることが想像される。
過去の「総括的な検証」といった場合、「Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)」という「P-D-C-A」サイクルの「C」の部分を指すのが一般的だ。そして、この「C」は客観的なデータをもとに予断を持たずに行うものだ。客観性を欠いた「C」に基づいて出される「A」は「改善」に繋がるどころか事態を悪化させる可能性があるからだ。
現在の金融政策が「2%の物価安定目標を達成できるはずの政策」だという前提に立った「総括的な検証」など何の意味もない。仮に「総括的な検証」で「何が2%の実現を阻害したのか」という原因が明らかにしたとしても、それは「現状の金融政策では解決できない原因」である可能性が高いのだから。
問題は意味のない「総括的な検証」で「現状の金融政策で解決できない原因」が明らかになった場合、黒田日銀に「現状の金融政策」を修正、変更する意思があるかだ。もし修正・変更するのであれば、現在の金融政策では「2%の物価安定目標」を達成できないことを認める必要がある。
「あくまで2%の早期実現のために行う 検証ですから、市場の一部でいわれているような緩和の縮小という方向の議 論ではありません」(同)
黒田総裁がこのように明言していることから、「総括的な検証」で出される結果は「現在の金融政策をさらに推し進める」以外に考えにくい。これは、「量的緩和」「マイナス金利政策」に限界を感じている市場に失望を与える要因になり得るもの。
日銀にとってさらに苦しいのは、同じく「量的緩和」と「マイナス金利政策」を続けるECB(欧州中央銀行)との関係だ。
今月開催されたECB理事会後の会見でドラギECB総裁は「理事会は当該委員会に対し、買い入れプログラムの円滑な実施を確実にするための選択肢を検討するよう指示した」と発言している。もし今回日銀が「総括的な検証」で「量的緩和」と「マイナス金利政策」の限界を口にした場合、ECBの金融政策の効果にも疑問を投げかけることになり、市場に混乱を招きかねない。
こうしたことを考えると、今回の「総括的な検証」ではこれまでの金融政策の有効性を再主張するだけで、「マイナス金利の深堀」「ETFの購入額拡大」といった既存政策の強化を決めるに留まりそうだ。
ECBが今後「新しい選択肢」を打ち出すかも日銀にとって悩みの種となりそうだ。もし、今後ECBが日銀が考え付かなかった「新しい選択肢」を打ち出した場合、日銀の政策決定能力に疑問が投げかけられることになるからだ。
金融政策に対する不信感に基づく批判を逃れるために「総括的な検証」という言葉を持ち出した黒田日銀。しかし、「宿題の提出期限」が到来したことで、市場からその政策能力に一層厳しい視線を浴びることになってしまった。
FRBの追加利上げがあるか、日銀がさらなる緩和策が打ち出すか。市場は日米金融当局の短期的な動きに関心を寄せているが、金融政策の変更よりも、「FRBが過保護政策を続けるか」「日銀の政策能力に疑問が投げかけられるか」という根本的変化が起きか否かが最大の注目点かもしれない。
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