[ロンドン 1日 ロイター] - ロシアのプーチン大統領が、「非友好国」に輸出する天然ガス代金がルーブルで支払われなければ、ガスの供給を止めるという脅しを実行した場合、欧州とロシアの双方とも失うものは大きく、「共倒れ」の危険性をはらんでいる。
冷戦期においてさえ、当時のソ連が欧州向けガス輸送を決して止めることはなかった。しかし、プーチン氏は3月31日に署名した大統領令で、4月1日以降は外国の買い手にユーロでなくルーブルでの代金支払いを義務化。それができなければ、ガスを供給しない方針を打ち出した。
欧州各国は一斉にこの要求を拒否し、ロシアのペスコフ大統領報道官は1日、4月中のある時点までの決済には、大統領令が適用されないと説明した。
大統領令が出されたのは、欧州で冬のガス需要がピークを過ぎた段階だ。それでも域内の企業と家計は、既に記録的なエネルギー価格高騰に苦しんでいる。それだけに相当な痛手を受ける余地が残っている。ロシア側にとっても、主要な収入源の1つを手放す事態になりかねない。
ロシアは昨年、欧州向けに約1550億立方メートルの天然ガスを輸出した。これは欧州の総需要の3分の1を超える。ロシアから輸入できないことになれば、欧州は昨年比で500%前後も価格が跳ね上がっているスポット市場で、より多くのガスを確保しなければならない。
ともにロシア産ガスへの依存度が大きいドイツとオーストリアは、必要なら配給制度を導入することを含めた緊急対応計画を発動。他の欧州諸国もそうした計画を準備している。
ロシアに拠点を置く証券会社、ロッコ・インベストのアナリスト、ドミトリー・ポレボイ氏は「(プーチン氏の)命令に従う気がない買い手は供給途絶に見舞われる恐れがある。結果として買い手と、(ロシア国営天然ガス大手)ガスプロムはいずれも損失を被るだろう」と述べた。
<調達競争>
欧州は今後、カタールや米国の液化天然ガス(LNG)の調達で、アジア地域と競争を強いられる。欧州各国の間でさえ、ノルウェー、アルジェリアなどの代替調達先を巡る争いが見込まれる。
3月下旬には米政府が、欧州連合(EU)に対して年内に150億立方メートルのLNGを追加供給することに尽力すると表明した。もっともこれだけでは、ロシアから欧州へのガス輸出量を完全に穴埋めすることはできない。
幾つかの欧州諸国は、需給が限界までひっ迫している国際市場からガスの調達を増やす以外の手段として、石炭の利用拡大や、原発の稼働期間延長、再生可能エネルギーの増産といった措置に踏み切らざるを得なくなるとの考えを示している。
ジュリアス・ベアのノルベルト・リュッカー氏は「ロシア産天然ガスの欧州向け供給が途絶するというのは、引き続きテールリスクだ。欧州は代替調達のための様々な選択肢があり、しばらく季節的に需要は小さく、年内に供給が足りなくなるリスクはない」と指摘した。
だが、次の冬を迎え、いつも通り需要が増大すれば、供給不足のリスクも高まる。
ウッド・マッケンジーの首席アナリスト、カテリナ・フィリペンコ氏によると、欧州のガス貯蔵量は、春から夏にかけては特段需要を抑えなくても十分かもしれない。とはいえ、何らかの対策を講じない場合、10月末までに貯蔵率が10%程度の水準で次の冬に突入しかねないという。
欧州では既に価格高騰で消費者や産業界が打撃を受け、各国政府が悪影響緩和のために何十億ドルもの財政支出を行っている。それでも他の地域からより多くのLNGを集めるには、欧州の卸売価格がアジア市場の指標LNG価格よりも高止まりする必要がある。
EU欧州委員会のシムソン委員(エネルギー)は、3月の欧州議会で「ガスプロムと長期契約を交わした企業は、われわれがLNG市場で支払うよりも大幅に安い価格でガスを受け取っている。このため、今後のエネルギー価格に重大な影響が生じるという点を、われわれは認識しなければならない」と強調した。
<自滅行為>
ロシアも、財政資金として大事な収入源がなくなる恐れが出てくる。
ガスプロムが公表した直近データによると、昨年1─9月に欧州とトルコ、中国に輸出したガス1760億立方メートルの代金として、2兆5000億ルーブル(310億ドル)を受け取った。
SEBリサーチのアナリストチームは「ロシアにとって、供給制限という判断は、自らの足を撃つ行為だ」と説明する。
今回の大統領令がルーブル相場の下支えを狙ったのだとしても、効果は長続きしない可能性がある。
フィッチ・ソリューションズのアナリストチームは「大統領令は、(欧米の)制裁によってただでさえロシア中央銀行の外貨資産利用が著しく制約されている局面で、ロシアの重要な外貨獲得源を切り捨ててしまうことになる」と述べた。
欧州の買い手は、ルーブル決済への移行が契約違反と繰り返し主張。ガスプロムが訴えられ、多額の賠償金支払いを迫られる展開もあり得る。
もう1つの疑問は、ロシアが欧州に供給するガスを止めた場合、そのガスをどう活用できるのかという点だ。ロシアのマトビエンコ上院議長は最近、アジア市場に供給先を切り替えられると発言した。
しかし、ロシアが欧州に送るガスをアジアに輸出できるようにするパイプラインは存在しない。別の産地から中国に供給するパイプラインはあるが、これと欧州向けのパイプラインもつながっていない。
アジア勢としても、ロシアから購入を増やすのをためらうのではないか。SEBリサーチのアナリストチームは「(ロシアは)自分自身でガスを他国に供給する道を封じている。ロシアがちゅうちょなくガスを武器として使う姿勢をはっきり見せているとすれば、例えば、中国ないしインドがロシア産ガスに頼る路線を選ぶ公算が、いったいどれだけあるだろうか」と述べた。
むしろロシアは、国内貯蔵を増やすしかなくなるかもしれない。国内貯蔵能力は720億立方メートル前後で、それと別にガスプロムは、欧州で90億立方メートルを貯蔵できる。
ガスプロムは2020年に2380億立方メートルだった国内ガス需要が26年までに2600億立方メートルに増大すると見込んで、貯蔵を増やす計画だ。
だが、短期的には欧州向け供給分が貯蔵に回るとすれば、3カ月から4カ月で貯蔵能力に達し、一部のガス生産が停止してもおかしくないとみられている。
(Nina Chestney記者)