[ワシントン 9日 ロイター] - 米ジョージア州に住むニールセン夫妻にとって、今回の中間選挙の投票行動で決め手になったのは、経済に対する不安ではなかった。それよりも人工妊娠中絶の権利を守り、トランプ前大統領を勢いづかせる候補の当選を阻止する方を重視したからだ。
夫のマシューさん(33)は投票所の外で取材に応じ、「一部の人々が私に共和党に票を入れてほしいと思っていたなら、それはそれで構わない。だが彼らは恐らく、中絶やトランプ氏の話はしてこないはずだ」と語った。
これまで夫妻は状況に応じて投票先を民主党、共和党と代えてきた無党派層で、今回は民主党上院議員候補のラファエル・ワーノック氏を選んだ。
彼らのような有権者の声が予想外の数に達し、野党共和党が期待していたいわゆる「レッドウェーブ(赤い波、同党のシンボルカラーにちなんだ大勝ちの意味)」が起きるのを阻む形になった。
実際9日までに判明した情勢を見ると、せいぜい「さざ波」が見られる程度に過ぎない。
共和党はずっと前から予想されていた通り、下院の多数派を握ることは確実になったものの、民主党との議席差は想定されたより小さい。上院をどちらが制するかはなお不明で、最終的に12月のジョージア州での決選投票で決まる可能性もある。
バイデン氏の支持率は低迷し、国民は食品やガソリンの値上がりに怒っていた。だからこそ共和党は、上下両院で多数派を確保できると自信を持っていたのだ。ところが出口調査や専門家、有権者への取材を通じて、一番の懸案はインフレだったとはいえ、中絶の権利もそれに近い関心を集めたことが分かった。
これは、インフレ懸念が他の全ての問題を圧倒すると見込んでいた民主党ストラテジストや世論調査機関の担当者にとっても驚きだった。
民主党ストラテジストは党本部にもっとインフレに焦点を当てた選挙運動をするよう促していたし、ホワイトハウス内でも選挙戦最終盤には中絶に力を入れすぎて、物価高対策のアピールが不足していたのではないかとの声が出たほどだ。
確かに幾つかの全米ベースの世論調査では、有権者が特にインフレへの不安を表明していた様子が見て取れた。しかし同時に有権者はロイターに、共和党が次期大統領を狙うと示唆しているトランプ氏を受け入れ続けていることも心配だと伝えていた。
エディソン・リサーチの出口調査によると、トランプ氏に嫌悪感を持つ有権者は58%と、好意的な39%を上回っている。
<与党劣勢の構図に異変>
連邦最高裁が6月に、長らく認められてきた中絶の合憲性を覆す判断を示した後、民主党支持層の動きはにわかに活発化。多数の新規登録有権者が生まれ、無党派層に民主党候補を支持するよう働きかける運動も広がった。
上院や州レベルで民主党の政策立案に従事しているジャレド・レオポルド氏は「中間選挙は通常ならば不人気投票の様相を帯びるので、現職大統領の与党が敗北する。ただ中絶問題がこの構図を崩した」と指摘する。
エディソン・リサーチの出口調査に基づくと、中間選挙で与党から離れる傾向があった無党派層は今回、民主党支持が49%と共和党の47%より多かった。この流れを主導したのは女性だ。
有権者全体では、最重要問題としてインフレを挙げたのが31%と最も多く、中絶は27%。一方女性だけならば、中絶の割合がインフレを5ポイントも上回っている。
女性有権者の投票先は民主党が53%で共和党は45%。その差はバイデン氏とトランプ氏が対決した20年の大統領選時点の15ポイントより小さいとはいえ、少なくとも民主党の大敗を防ぐ力になったのではないか。
民主党系分析会社ターゲットスマートのトム・ボニア最高経営責任者(CEO)の話では、中絶の権利を巡る6月の最高裁判断後に新規登録された有権者は、50州のうち46州で女性が男性を上回った。
中絶問題は州レベルでも大きな影響を及ぼしている。ミシガン州では中絶の権利を保障する州憲法改正案が賛成多数で承認され、中絶の権利を断固として守ると約束した民主党のホイットマー知事が再選を果たした。
デトロイトで教師をしているヘザー・ミラーさん(52)は締め切り直前に、国政選挙よりもこの中絶問題に関する住民投票を目的に投票にやって来た。「このために訪れた。必ず可決させたかった」という。
ケンタッキー州では州憲法から中絶の権利を削除する提案が住民投票で否決された。
中絶の権利は、党派を超えて支持された面もある。ネバダ大学に通うシドニー・ライトさん(18)は保守派を自認しつつも、中絶問題を理由に今回は民主党候補に票を投じた。「この選挙では社会問題をより重視する」と語った上で、トランプ氏の中絶に対する考えやけんか腰の振る舞いが嫌いなので、共和党が24年の大統領候補に同氏を指名しないでほしいとの思いを明かした。
<保守層も民主党支持>
ライトさんと同じく、アリゾナ州フェニックスで共和党員として有権者登録しているニアシャ・ライリーさん(37)も、中絶問題とトランプ氏の存在を理由に中間選挙で民主党支持に回った。トランプ氏が同州の共和党候補を応援したからだ。
ライリーさんは、共和党が過激方向に振れていると感じ、それが投票先を決める要因になったと説明する。
民主党候補のジョン・フェッターマン氏が共和党候補のメフメット・オズ氏に勝利したペンシルベニア州の上院議員選は共和党陣営にとって苦い教訓になるだろう、と同州の党幹部は口にした。
この幹部は「われわれが学んだことの1つは、トランプ氏が支持する候補はペンシルベニアのような接戦州を勝ち抜くのがより難しいという事実だ」と述べ、同州は議会選挙という正当な方法でトランプ氏にはうんざりだという有権者の声を示しているとの見方を示した。
(James Oliphant記者)