田巻一彦
[東京 18日 ロイター] - 日本の貿易赤字膨張が止まらない。7月は2.1兆円(季節調整済み)となり年間ベースで20兆円を超える赤字を抱えるかもしれない事態となっている。2021年度の所得収支が19兆円の黒字であり、経常赤字に転落する可能性も出てきた。日本の「稼ぐ力」が大幅に削がれたことが原因であり、この状況をみて富裕層が日本の将来に不安を持てば、個人の資金逃避による想定外の円安加速という事態も、遠くない時期に起きそうだ。
<年間で20兆円の貿易赤字ペース>
財務省が発表した7月の貿易収支を季節調整値でみると、輸入が10兆5699億円に膨らみ、輸出の8兆4366億円を差し引くと2兆1333億円の赤字になる。このペースで貿易赤字が積み上がると、年間で20兆円から25兆円になる可能性が出てきた。
貿易赤字が拡大すれば円安になって輸出が増え、それによって赤字が縮小する方向に動くというのが「教科書的」なメカニズムだ。ところが、今年に入って円安は進んだものの、輸出数量は3月から7月まで5カ月連続で対前年比マイナスが続いている。
その理由として、半導体不足による自動車生産の減退が挙げられるが、もっと大きな要因は日本の製造業の海外シフトが顕著になり、円安による数量効果が機能しなくなった点だ。
したがって原油価格が大幅に下落し、その他の国際商品価格も下落して輸入額が輸出額に見合う水準に減少しない限り、日本の貿易赤字は恒常的に巨大化しかねない。
ロシアとウクライナによる戦争は、一部で観測された8月停戦は望めずに年明けになっても継続している可能性が高まっている。戦争が継続している間は資源価格の大きな下落は望めず、年間20兆円規模の貿易赤字が継続する可能性が出てきたと筆者は考える。
<頼みの所得収支は19兆円の黒字>
とは言え、経常黒字を維持できていれば、日本経済や市場価格に大きなインパクトは与えないと考えている市場関係者が多いように見える。
しかし、2021年の日本の経常収支を見ると、第1次所得収支が21兆5883億円の黒字、第2次所得収支が2兆4973億円の赤字で所得収支全体では19兆0910億円の黒字となっている。
もし、近い将来に貿易収支が年間で20兆円台の赤字になれば、経常収支が年間で赤字に転落する可能性が高まる。
<注目される個人の円離れ>
単年度で経常赤字に転落しても、21年3月末の対外純資産残高は411兆1841億円あり、ただちに日本の信用が急低下して長期金利が上昇することはない。
しかし、日本の「稼ぐ力」が衰退し、貿易赤字の累積と経常赤字化の継続がだれの目にもはっきりすると、外為市場で「円を売る」動きが活発化し、円の水準が切り下がる可能性が高まるだろう。
その原動力の1つとして個人マネーが登場するのではないか、というのが筆者の見方だ。日銀によると、22年3月末の家計の金融資産残高は2005兆円だが、そのうち現金・預金は1088兆円を占める。この巨額の現金・預金のかなりの部分を保有しているのがいわゆる富裕層だ。
この階層は、外貨建て資産への投資に抵抗感がなく、収益チャンスとリスクを勘案し、リターンが多そうだと判断すれば、ちゅうちょなく外貨買い/円売りを行う。実際、今年3月以降に顕著に進んだドル高・円安をみて、個人投資家のドル建て資産購入が急増しているようだ。
足元で起きている百貨店などでの高級時計など高額商品の販売急増は、円安進行で円価格引き上げが起きている現状では、不可思議な現象と映る。しかし、ドル建て資産の含み益増大で購買力が強くなった富裕層から見れば、海外旅行へのハードルがそれなりに高い現状では、気楽に購入できる商品と見えるようだ。
個人の円離れ(資金逃避)が本格的に始まると、外為市場参加者の想定を超えて円安が進み出す可能性があると筆者は考える。足元ではドル/円が140円を超えて上昇する可能性は低下しているとみている参加者が多い。
だが、貿易赤字の膨張が続き、経常収支が月次で赤字に転落し、年間ベースで赤字の可能性が指摘されるようになると、個人の円売りが表面化しそうだと予想する。
<問われる岸田首相の判断>
140円を超える円安は、ドルに逃げられない国内の中小・零細企業や地方の1次産業従事者の収益状況を一気に悪化させるだろう。来年4月には統一地方選が控えており、円安の悪影響は自民党や公明党の支持者からの反発を招くことになる。
17日から静岡県下の著名な日本旅館で静養している岸田文雄首相にとっても、個人の円離れは看過できない現象となるのではないか。政府・与党から膨張する貿易赤字の弊害について、全く懸念の声が漏れてこないのは不思議だ。
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