【中国問題グローバル研究所】は、中国の国際関係や経済などの現状、今後の動向について研究するグローバルシンクタンク。
筑波大学名誉教授の遠藤 誉所長を中心として、トランプ政権の ”Committee on the Present Danger: China” の創設メンバーであるアーサー・ウォルドロン教授、北京郵電大学の孫 啓明教授、アナリストのフレイザー・ハウイー氏などが研究員として在籍している。
関係各国から研究員を募り、中国問題を調査分析してひとつのプラットフォームを形成。
考察をオンライン上のホームページ「中国問題グローバル研究所」(※1)にて配信している。
◇以下、フレイザー・ハウイー氏の考察「絶望の都市、香港(1)【中国問題グローバル研究所】」の続きとなる。
———大学でのにらみ合いで最も注目すべき点は、「水のようになれ」という初期の抗議活動の原則を破ったことである。
意図したものかどうかは別にして、このことはこれまでの抗議活動における最大の失敗となった。
流動的に移動し、陣地を防御せず、攻撃したら逃げるという戦術は、警察が迅速に対応できないものだった。
戦術は非常に効果的だったが、この1週間に起きた大学への包囲攻撃によってそのアプローチは覆り、抗議グループは水ではなく氷になった。
水のように動く戦術は最初こそ効果的だったが、攻撃したら逃げるというヒット・エンド・ラン戦術は、長期にわたる戦略的アプローチにつながらず、抗議活動は5つの要求と多くのスローガンを超えた前向きな方針や計画を生み出せなかった。
香港市民の80%以上が独立を拒否しているにもかかわらず、こうしたデモ隊の主張は独立を求めるスローガンとして受け止められている。
抗議活動の様子を伝えたテレビ報道のドラマチックな場面が、米上下両院での「香港人権・民主主義法案」の可決に一役買ったのは間違いない。
同法案の成立にはトランプ大統領の署名が必要だが、その内容は、香港が中国から独立した関税地区としての特権的地位を維持できるようにするため、香港の自治の状態を毎年検証することを求めるものだ。
(編集部注:11月28日時点で、トランプ大統領はこの法案に署名した)さらに同法案により、議会は自治権を制限しようとする香港や中国の個人に対し制裁を科す権限を与えられる。
そうなると、例えば、香港政府高官に対するビザ発給が拒否される可能性もある。
この動きに香港と中国の当局がともに反発したのは驚くことではないが、同法が効力を持ち、香港に変化をもたらすかどうかおよそ定かではない。
海外からの関与や支援は、内政干渉ではなく香港の独特な地位に対する支持や関心とみなされるべきだが、解決策は現地で見いだす必要がある。
暴力の拡大により、11月24日の区議会議員選挙を政府が実施するかそれとも延期するかについて、しばらく疑問が広がった。
選挙では、18の選挙区で413万人の登録有権者が452人の議員を選出する。
香港の民主主義のプロセスは厳しく制限されており、区議会議員選挙は公共サービス、交通、公園などの極めて地域性の高い問題に焦点を当てた身近な行事とされている。
しかし、今回の投票では、政府と抗議運動に対する信任が問われることになる。
抗議グループは、体制派の政党の事務所を破壊したが、ソーシャルメディア上では、投票日には抗議活動はどんな形でも一切行わないことが呼び掛けられている。
投票結果とその後の展開は今のところ不透明である。
多くの人々がここ数カ月にわたる林鄭月娥政府の無策ぶりを嘆いている一方で、抗議活動がもたらした混乱と破壊は行き過ぎであり、警察は街の平穏を取り戻すためにもっと厳しく対処すべきだと考えている人々もいる。
野党側や民主派、また多くの若い新人候補が選挙で健闘するだろう。
とはいえ、デモ隊側の暴力の過激化によって有権者が不安を感じていることも確かだ。
重要なのは結果を推測することではなく、すべての当事者が投票結果を尊重し、そこから教訓を引き出すことだ。
この数週間に及ぶ困難な時期を経た後の選挙は、うまくいけば香港が直面している行き詰まりから抜け出すきっかけになるかもしれない。
ただし、市民の一部には投票を許されない人たちがいる。
街頭での抗議活動に参加した人の大半はティーンエイジャーで、実際、破壊行為で有罪判決を受けた被告のうち最年少は12歳だ。
しかし香港で選挙権が認められるのは18歳からだ。
彼らの声は街頭なら聞いてもらえるが、投票ブースでは聞いてもらえないのだ。
この数カ月間、仕事や娯楽で香港へ行くことは可能だった。
抗議活動の影響を感じることもほとんどない。
ビジネスをしている人には、中環や金鍾の通りは影響を受けていないように見えることもよくある。
黒いシャツやガスマスクを見ることはなく、大規模な警察隊の存在も目に入らない。
街は通常より静かだが、頻繁に訪れていない人はそれさえ気づかないかもしれない。
ここ数週間で状況は多少変わったが、抗議活動がもたらした本当の長期的な影響は、スローガンや破壊行為ではなく、交通の混乱でもない。
それは個人、友人、家族に起きていることなのだ。
香港理工大学でのにらみ合いが続く中、わずか数百メートル離れたところで数百人の抗議活動参加者が交差点を封鎖し、レンガ、廃棄物、竿、その他あらゆるがれきを道路にまき散らした。
警察の注意を大学からそらし、活動参加者の一部が避難できるように狙った行動だ。
抗議活動参加者や見物していた地元の人たちに話を聞いて分かったのは、絶望的な状況だった。
あのような行動でうまくいくという現実的な希望はほとんどなかったが、何もしないよりはましだった。
何かをしなければならず、これが彼らができることだった。
朝は南に向かう車線から北に向かう車線にレンガがばらまかれていたが、午後になると他の人たちが、北行きの車線から南行きの車線にレンガを戻して、分布を均一にしようとしていたのだ!目に見える効果はない。
実際には道路はすでにしっかりと完全に封鎖されていたからだ。
しかし、地元の人たちは何かをできることを示したかったのだ。
圧力を強める習近平の中国のもとで、若者たちは絶望を感じ、将来を憂えている。
高信頼社会だった香港は低信頼社会になってしまった。
政治に無関心と思われることが多かった街で今、人々の心にあるのはたった一つの話題になった。
もっとも友人や家族、同僚と激しい議論になるのを恐れ、抗議活動について話さないでいる方が気楽なときもある。
うつ病の罹患率やメンタルヘルスの問題はおしなべて増加し、自殺率も上昇している可能性が高い。
抗議活動をめぐり、友情は絶たれた。
世代間の亀裂が露呈し、修復は望めないかもしれない。
一般に年齢が高い住民は親体制派で、抗議活動への支持が低い傾向があるためだ。
若者たちは当然ながら、中国支配の下での自分たちの将来を心配し、就職の見通しが残されているかどうかさえ気にしている。
雇用主にとって、香港の大学の学位が有利にではなく不利に働く可能性を学生たちは懸念している。
現在そして未来に対する絶望感が漂っている。
香港にとって大きな悲劇である。
大多数の市民に広がった怒りに無為無策だった行政長官と政府によって、社会は不必要に引き裂かれてしまった。
ビジネスの観点から見れば、香港が中国へのゲートウェイとして機能し続け、中国の金融市場の発展に独自の役割を果たすことは可能だ。
しかし、この都市の魂や多くの住民の人生がひどく傷ついている状況では、それは何か二の次のようなことに思えてしまう。
※1:中国問題グローバル研究所https://grici.or.jp/この評論は11月22日に執筆