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特別リポート:変わる自動車業界の勢力図、テスラに挑む吉利の勝算

発行済 2021-09-08 17:01
更新済 2021-09-09 07:28
© Reuters.  2008年1月、フォード・モーターのドン・レクレアー最高財務責任者(CFO)は無名に近い中国人実業家から、傘下のボルボを買収したいと申し出を受けていた。その実業家、李書

白水徳彦

[杭州市(浙江省) 8日 ロイター] - 「ボルボがどれだけの規模の企業かご存知ですか」。フォード・モーターのドン・レクレアー最高財務責任者(CFO)は尋ねた。

2008年1月、レクレアー氏は無名に近い中国人実業家から、傘下のボルボを買収したいと申し出を受けていた。その実業家、李書福氏が経営する自動車メーカーの販売台数はスウェーデンの大手ボルボの半分にも満たず、フラッグシップモデルの金剛(キングコング)は中国以外でほとんど知られていなかった。

米ミシガン州ディアボーンのフォード本社で行われたこの会合に同席した関係者2人によると、李氏の提案は実質的に断られた。

ロイターはレクレアー氏にこのエピソードの事実関係を確認したが、返答を得られなかった。

それから13年、李董事長が率いる浙江吉利控股集団(吉利集団)は世界最大の自動車市場の中国で、外資との合弁企業を除けば最大手となった。ボルボをはじめ複数の自動車ブランドを傘下に持ち、独ダイムラーの筆頭株主でもある。

デジタル化と電動化の波が押し寄せる自動車産業は、単に車を作って売るだけの時代から、自動で走る車両がインターネットで互いにつながり、そのネットワークの中で様々なサービスを展開して稼ぐ時代に変わろうとしている。各社がそこへいち早くたどり着こうとレースを繰り広げる中、吉利は連合を組んで一番乗りを目指している。

ようやくフォードを説得した李氏は2010年、ボルボを18億ドル(約2000億円)で買収した。今はストックホルム証券取引所に上場させる方向で準備を進めている。

さらに英スポーツカーブランドのロータスを傘下に収め、ダイムラーと超小型車ブランド「スマート」の合弁会社を立ち上げ、ロンドン名物「ブラックキャブ」(黒塗りタクシー)の電動化を進める英自動車エンジニアリングのロンドン・エレクトリック・ビークル・カンパニーを完全子会社化した。

李氏はこれを業界横断の「大きな友人の輪」と呼び、吉利が将来に向けた競争で勝つための重要な構成要素と考えている。浙江省杭州市にある本社の執務室でインタビューに応じた李氏は、自動車はいずれ乗り物ではなく「サービスプロバイダー」になると語った。

そこでは自動車を購入する場合もあれば、定額払い(サブスクリプション)で利用する場合もあり、決済サービスなどさまざまな車載アプリが提供される。アップルのiOSやグーグルのアンドロイドと同様、基本ソフトは常に更新される。「アンドロイドと同じような自動車のエコシステムを作ろうと考えている」と李氏は語った。

伝統的な自動車メーカーが電気自動車大手テスラの後を追う、デトロイト的というより、シリコンバレー的な発想だ。

ロイターは李氏へのインタビューをはじめ、吉利幹部や李氏の側近、競合他社、吉利の投資先の関係者らに取材。自動車産業を破壊しうる業界の風雲児がどう生まれたのかを探った。空飛ぶ車からヘリコプターを使ったタクシーまで、自動車産業の新たな時代を見据えて様々な新興企業に機敏に投資する李氏の姿がそこから浮かび上がった。

吉利はデンマークの金融機関サクソバンクや車両を制御するソフトウエア技術企業、さらに宇宙関連企業の時空道宇科技にも出資する。時空道宇は、今年に入って中国政府から低軌道を周回する小型衛星の製造許可を取得した。欧州から東南アジア、中国、米国に至るまで、その投資先の幅広さは中国の自動車メーカーの中で異例と言える。

「すべての道は(我々が目指す)ローマに通じるかもしれない」と李氏は言う。「問題はどの道が正しく、最も速くローマにたどり着ける道かだ」

<「車輪4つにソファーが2つ乗っているだけ」>

中国東部に位置する浙江省の漁村で生まれた李氏は、農家の4人きょうだいの3番目として育った。李氏の実業家としての原点は1980年代半ば、最高指導者の鄧小平氏が進めた改革開放による起業ブームに遡る。李氏は写真の撮影スタジオから冷蔵庫の部品製造を経て、自動車ビジネスに乗り出した。

きっかけは80年代初め、高校卒業の記念写真を撮りに行ったことだった。近所の写真館に同級生が行列をするのを見て、写真の撮り方を教えて欲しいとカメラマンに頼み込んだ。

省内の村の平均月収のおよそ5倍に当たる120元(当時のレートで約70ドル)を父親から借り、中国製のカメラを買った。自転車に乗って「移動式写真館」を作り、1枚48角(0.48元)で撮影した。

手にした資金を元手に、次は回収した家電から金属を取り出す事業を始めた。ほどなくして今度は冷蔵庫の部品、さらに本体を作るようになった。1986年、23才のときにその会社を登記、それが後に吉利となった。

李氏のプロフィールを編さんしている吉利の担当者によると、1990年代初め、冷蔵庫の部品を作っていた李氏の工場に事故で壊れた二輪車が運び込まれた。機械的に単純な作りだと思った李氏は、自分で作ってみることにした。李氏の夢はすぐに自動車へと移り、車を解体、構造を調べた。そして工場を建て、試作車を作った。

1号車「豪情」が完成したのは1997年。惨憺(さんたん)たる出来だった。雨漏りテストで車内は水浸しになった。

政府の統制が厳しい産業で物事を進めるには、共産党の支援が必要だった。後にテスラを創業するイーロン・マスク氏が米国でオンライン出版事業を売却した1999年、李氏は二輪車工場の視察に訪れた共産党幹部に自動車製造の認可を求めた。それほど複雑なものではない、「車輪4つにソファーが2つ乗っているだけ」と訴えた。「工場の建設に政府の支援は一切必要ない」、「失敗するチャンスを与えてほしい」と説得した。

ロイターはこの一連のエピソードについて、事実関係を確認できていない。しかし翌2000年、浸水を防ぐシールド処理の施された「豪情」が大量にショールームに並んだ。

<「目的地」の変更>

吉利はほどなく年間数十万台を販売する自動車メーカーになった。数年でバンパーが外れかかるような車だったが、李氏の視線はすでに世界へ向いていた。

米国に工場を建設し、販売網を構築しようと考えていた吉利は2006年、デトロイト国際自動車ショーに出展した。しかし翌年3月、米国工場の建設について話し合うため杭州の本社に集まった資金支援者らは、李氏から別の計画を聞かされた。

「『新しい考えがある』。おおよそそんな話だった」と、出席者の1人は語る。「ボルボは売りに出ないだろうか、と」。居心地の悪い沈黙が流れた。この出席者によると、米国の安全・環境基準を満たす自動車を作るには時間がかかりすぎると李氏は話したという。堅牢さと高い信頼性で知られるボルボのようなメーカーを買えば、手っ取り早く技術に手に入れ、ブランドを確立できる、と。

ロイターは李氏とのインタビューでこの事実関係について尋ねたが、コメントを得られなかった。

2008年にフォードのレクレアーCFOと会談した李氏は買収提案を断られた。だが、その後に世界を襲った金融危機で、フォードは中核事業を守るためボルボを切り離すことを決めた。

買収資金のほとんどは成都、大慶、上海各市からの低利融資でまかなった。吉利はその後、成都と大慶にボルボの工場を、上海に技術研究所を建てた。テスラやフォードもこの年、低利融資の形で米政府から補助金を受けたが、あくまで金融危機で販売が激減する中での支援策だった。

一方、中国の自動車市場は活況に沸いており、買収当時に赤字だったボルボは黒字転換した。吉利とボルボの幹部は、中国で存在感を高めるとともに部品とサプライヤー、自動車の骨格である車台を共通化したのが奏功したと話す。

吉利は今、外資との合弁会社を除けば中国メーカーとして最大手となった。他の多くの中国企業と同様、格差解消を掲げる習近平国家主席の「共同富裕」構想に足並みを揃えている。中国共産党が創立100周年を迎える直前の今年6月、吉利は「共同富裕計画行動綱領」を発表、従業員の福利厚生策を打ち出した。

李氏は複数の政府関連組織のメンバーでもあり、中国の国政助言機関、人民政治協商会議の委員を務めたこともある。今年3月には中国の国会に当たる全国人民代表大会にも出席した。

<テスラの優位性>

吉利がボルボを買収したその年、テスラは米自動車メーカーとして半世紀ぶりに株式を上場した。カリフォルニア州パロアルトに本社を置くテスラは、2人乗りの電動スポーツカーを生産し、販売していた。マスクCEOは、米国人の自動車の買い方、運転の仕方に革命をもたらすと話していた。

李氏もEVの必要性を感じていた。2013年にボルボとスウェーデンに技術開発センターを、その後共同で環境対応車を販売する「リンク・アンド・コー」と「ポールスター」を設立した。今年に入り、中国で新たなEVブランド「Zeekr」を立ち上げた。

しかし、李氏と吉利のダニエル・ドンホイ・リー最高経営責任者(CEO)は、投資資金の調達という壁に直面した。ベンチャーキャピタルに支えられているテスラのような企業は、利益が出なくても比較的容易に資金を調達できる。その点、吉利の出資者は年金基金やファンドで、安定した利益を生まないリスクの高い投資を嫌うため、不利だったと複数の同社幹部は言う。

そこで李氏は、ともにテスラを追う競合の自動車メーカーと組んで経営資源を効率的に投資していくことを模索した。「各社が新たな技術に投資をしなければ我々は死ぬ。各社がばらばらに巨額の投資をしても生き残ることはできない」と、リーCEOは話す。

「仲間の輪」に誘う候補として、李氏はドイツのダイムラーに白羽の矢を立てた。1886年に世界で初めてガソリンエンジン車を作った会社だ。しかし、吉利の関係者2人によると、李氏はダイムラーの正面玄関をノックしても真剣に取り合ってもらえないことを分かっていた。

2017年10月以降、吉利は水面下でダイムラーの株式を買い進めた。そして2018年2月、9.69%を保有するダイムラーの筆頭株主になったことを発表し、自動車業界に衝撃を与えた。

取得額はおよそ90億ドル(1兆円)。資金はどう調達したのか。事情を知る関係者によると、吉利は少しずつ買ったダイムラーの株式を担保に融資を受け、買い増して行ったという。

<競合からの評価>

中国企業が自国の技術に関心を持つことを懸念していたドイツでは警戒感が広がった。リーCEOによると、ダイムラー株取得を発表した直後に李氏ら吉利の一団はドイツを訪問し、ダイムラー首脳陣や政府関係者、議員らと面会、求めているのは相乗効果だと訴えた。ダイムラーへの関心は同社を牛耳ったり、規模の利益を追求することではない、伝統ある自動車各社が協業し、新しい技術の開発コストを負担し合うことを考えていると説明した。

吉利首脳陣との面会についてコメントを求めたが、ダイムラーは回答を拒否した。

ダイムラーはその後、低迷する傘下の超小型車ブランド、スマートを売却することを吉利に提案した。しかし、李氏はそれで満足しなかった。関係者2人によると、李氏とダイムラーのディーター・ツェッチェCEO(当時)は2018年9月、昼食をともにした。スマートを折半出資会社にすることで合意し、都市型EVの開発メーカーにすることを決めた。

ロイターは事実関係の確認を求めたが、ツェッチェ氏には回答を拒否した。

吉利とダイムラーはそれ以来、高級車の配車サービスや燃焼効率に優れたハイブリッド車用エンジンの開発など、複数の合弁事業を立ち上げた。「空飛ぶタクシー」の開発ベンチャーにもそれぞれ出資している。

車づくりは、吉利が考える収益源の1つにすぎない。サブスクリプションという販売方式はその1つで、ユーザーは車を買わずに毎月一定額を支払い、自身が使っていない間はカーシェアという形で第3者に貸し出すことができる。すでに欧州では今年からサービスを開始した。EV用バッテリーの交換ステーションの運営や、ソフトウエアの更新サービスも始めている。

競合他社は李氏が率いる吉利について、後発メーカーであることが有利に働く可能性があると指摘する。例えばガソリンエンジン車のサプライヤーとの関係に縛られないと、トヨタ自動車の技術者は言う。それがデジタルへの移行を容易にする。

「自動車メーカーの中でも、吉利はより洗練された視点でモビリティの未来を考えている」とクライスラーの元幹部で、上海のコンサルティング会社オートモビリティの代表を務めるビル・ルソー氏は語る。「この産業が車を作って売るだけのビジネスモデルから移行しつつあることを明確に理解している」。

しかし、李氏の野望には課題も多くある。変革には資金が必要で、それにはブランド力を高める必要があると、競合他社の幹部らは指摘する。「最大の障害はその名前だ。もともとは低コストの車、エントリーレベルの車のブランドだった」とホンダのある幹部は言う。「吉利はそこからどうやってアップルのようなブランドを築けるのか。自動車メーカーはどこもそれで苦しんでいる。とくに吉利には難題だろう」。

<米中の分断>

国際情勢の変化も懸念要素だ。各国の企業と組む戦略は、今より自由なグローバル経済の中で可能だったが、米中2大国の覇権争いは激しい貿易戦争に発展し、米国と西側の同盟国は中国のハイテク企業の進出を阻もうとしている。

吉利は精度の高い自動運転技術を実現するため、低軌道を飛ぶ小型の衛星を大量に打ち上げることを計画している。位置情報の精度をミリ単位まで向上することが可能で、自動車をより正確に誘導することができるようになるという。

だが、より高速で安定した通信網を整備するには、5Gやレーダー、デジタルカメラといった技術で衛星を補完する必要があると、トレンドマイクロのサイバーセキュリティ専門家、ウィリアム・マリック氏は指摘する。中国のハイテク産業への制裁を強める中、米国は宇宙関連技術の中国への輸出を禁止している。

吉利は政治的な問題についてはコメントしないとした。

それでも李氏は、海外企業への投資は成功への道標だと語る。グローバル企業は前を向き、各国企業との連携を模索する必要があると話す。「協力して最大限の相乗効果を生み出すことができる」と李氏は言う。「だから世界が分断されることには反対だ」。

(取材協力:Kevin Yao、Michael Nienaber 編集:David Clarke、Sara Ledwith 日本語記事作成:久保信博 編集:石田仁志)

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