David Stanway David Kirton
[深セン(中国) 27日 ロイター] - 中国が社会全体で温室効果ガス排出削減に取り組む「カーボンインクルージョン」政策を積極的に進めている。
個人や一般家庭が削減に関わる仕組みの導入することを目指し、既に十数件のプロジェクトが立ち上がっており、規模が大きく範囲が広いと期待が高い。
一方、こうした取り組みは企業に対する排出削減圧力を弱めるほか、新たな排出抑制の効果は薄いなど、問題点を指摘する声もある。
深センの地方政府は、新しい地下鉄駅で利用者に買い物券や旅行カードと交換できる「カーボンコイン」を配布する制度を実施した。
一般市民を温室効果ガス排出削減の取り組みに巻き込むカーボンインクルージョンは、産業界だけでなく社会全体で削減に取り組むことを目指す中国共産党の政策の一環。政府は2060年までに排出量を実質ゼロにするとの目標を掲げている。
中国は排出削減で多くの課題を抱えているが、個人による削減の潜在的な効果は大きい。中国科学院の2021年の調査によると、中国の年間総排出量100億トン超の半分超を一般家庭が占めた。
中国の気候変動特使の謝振華氏は、今年8月のカーボンインクルージョン委員会発足に際し「カーボンインクルージョンは巨大なプラットフォームであり、低炭素、ゼロカーボン、カーボンマイナスの活動の実践に向けて国民を動員する効果的な手法だ」と強調した。
中国は最終的にカーボンインクルージョンを国の排出権取引に統合し、インクルージョン政策で生じた削減分によって、産業界の排出を相殺できると期待している。
<個人の排出量取引>
中国によるカーボンインクルージョンの野心的な取り組みは、広東省が2015年に低炭素活動をクレジット(排出枠)に変換する方法に関するルールを発表したのが始まり。
以来、歩数や交通機関の利用、環境に優しい製品の購入といった個人データにアクセスし、カーボンコインを生成する制度が全国で数十件制定されている。
銀行も「個人カーボン口座」制度を試験中。中国人民銀行(中央銀行)は衢州(くしゅう)市で、顧客がカーボンポイントを獲得し、信用格付けを高めることができる制度の試験を行っている。
個人が排出量を取引できる制度は、フィンランドやオーストラリアのノーフォーク島でも試験的に導入されている。
英国も環境省が06年に可能性を調査させたが、政治的・経済的にまだ実現可能ではないと結論づけた。シンガポールでは、効率的な電力使用者に買い物券と交換できるトークンを配布する制度を実施している。
ボストン大学のベンジャミン・ソヴァクール教授(地球環境学)は「小規模ながらエネルギーや排出データの可視化や共有といった自主的な計画があちこちで試験的に行われてきた。しかし、こうしたプロジェクトは規模や範囲が中国ほど大きくなく、カーボンコインに統合されることもなかった。カーボンコインは賢いアイデアだ」と評価する。
<ハードルは定量化>
大きな課題は通勤や暖房、ゴミの出し方など、人間のさまざまな行動から排出される温室効果ガス削減量をどのように取引可能な形にするか、ということだ。
ニューヨーク大学上海キャンパスの環境学教授、イーフェイ・リー氏は「とにかく数値化が重要だ。バラつきの大きさに関して言えば、人々の生活の仕方は千差万別で、これは重大な問題だ」と述べた。
中国環境省カーボンインクルージョン委員会の幹部も、低炭素行動の定量化にはもっと適切な基準が必要だと強調。制度の乱立は「混乱と矛盾を招いている」とするコメントを出している。
専門家からは、こうした制度が新たな温室効果ガス排出削減につながるのか、あるいは単に温室効果ガス排出を記録するだけなのかが不明確だ、と危ぶむ声もある。
上海市は今月施行されたルールの中で、新制度は最終的には地域の炭素取引市場と「完全に連結」され、企業は目標達成のために一般家庭での削減分の利用を申請できるとしている。
広東省も企業がインクルージョンによる排出権を通じて、温室効果ガス削減義務の10%を達成することを認めている。
中国がこうした排出権取引面の野心的な目標を実現する道のりは長い。今年発表された調査によると、北京を拠点として導入されたある制度は利用者が3000万人を超えているが、積極的な利用者はわずか1.4%にとどまっている。
さらにカーボンインクルージョンによって排出削減の負担が家庭に転嫁され、産業界が野放しになるのではないかという懸念もある。
<自主的か強制的か>
インクルージョン制度には既に数千万人が登録しているが、専門家は国家が人々の生活に干渉し、正しく低炭素の行動を選択しなかった人を罰する権限を持つようになるのではないか、と危惧している。
汚染抑制のための何千もの企業閉鎖や、国立公園を作るための住宅移転、貧しい家庭での暖房用石炭の使用禁止といった、物議を醸すような措置で環境問題を処理する中国政府の対応も批判を浴びている。
深センの地下鉄駅で10月に実施されたカーボンコインの推進策は、通勤客の関心をほとんど引かなかった。
だが、地元政府は同プロジェクトに意気揚々としている。先月の発表によると、昨年8月の開始以来の登録者が1460万人に上り、排出量を72万トン削減したという。