[ラホール 26日 トムソン・ロイター財団] - パキスタンでは選挙で投票したり、さまざまな公的サービスを受けるのに電子式の身分証明(ID)カード「CNIC」が必須だが、父親のIDカードを提示しないとCNICを取得できなかった。
しかし母子家庭で育った女性がCNICの発行を求めて起こした訴訟でシンド州の高等裁判所は昨年11月、女性の訴えを認める画期的な判決を下し、母親の市民権記録に基づいて発行するよう当局に命令。母子家庭で育つとCNICを取得できない状況に風穴が開いた。
もっともパキスタンでは女性やトランスジェンダーなど数百万人が依然としてCNIC制度から除外されており、問題は根深い。
訴訟を起こしたのはカラチ出身のルビナさん(21歳)。CNICを手に入れようと3年間にわたって何度も挑戦した挙句、提訴に踏み切った。
「申請に行くと父親のカードを持ってくるように言われる」とルビナさん。「私が生まれた直後に父は私たちを捨て、母が育ててくれた。父のID書類がそろえられるわけがない」
今回の判決により、ルビナさんは母親の定年退職後に州の教育局で母親の仕事を引き継ぐ申請が可能になった。
非営利団体「パキスタン人権委員会(HRCP)」のハリス・カリクエ事務局長によると、今回の判決で母子家庭の子どもは事実上CNICが取得できないという問題に終止符が打たれた。CNICがないと、公立教育機関や医療保障制度を含めたあらゆる公的サービスへのアクセスができない上、銀行口座の開設や就職活動もできず、「端的に言って、市民としての権利がまったくない」
CNICを管轄する国家データベース登録局(NADRA)は、これまで制度から除外されてきた人々への接触に努めていると説明。連邦政府の政策の実施状況を監督する、首相直属の戦略改革チームを率いるサルマン・スフィ氏は、「データベースに登録されるはずの人々を排除しないというのが政府の明確な方針だ」と述べた。
<まるで外国人>
2000年に設立されたNADRAは国の生体認証データベースを管理し、成人の96%に相当する約1億2000万枚のCNICを発行しているという。パキスタンの総人口は約2億1200万人。
各カードは13桁の固有のID番号、本人の写真、署名、マイクロチップで構成され、チップには虹彩スキャンと指紋のデータが記録されている。
しかし女性、トランスジェンダー、移民労働者、遊牧民など数百万人はいまだにCNICを手にしていない。
世界銀行によると、全世界で身分を証明する手段を持たない人は10億人余りに上る。
各国政府はガバナンスを改善するためと称してデジタルID制度の導入を進めているが、国連の人権特別報告者は、こうした制度は疎外されたグループを排除しており、社会保障制度を利用する前提条件にすべきではないと訴えている。
HRCPが昨年行ったカラチの移民労働者への調査で、女性はCNICを持っていないケースが多く、夫が死んだり家を出たりすると貧困に陥る危険性があることが分かった。
親が身分登録をしていないと子どもは出生証明書を取得できないため、特に弱い立場に置かれ、人身売買や強制労働のリスクにさらされているという。
HRCPは、移動式の登録拠点や、特に立場の弱い人々の登録を支援する女性スタッフの増員、さらには手続きの簡素化、移民の申請を難しくしている書類要件の緩和などを提言している。
パキスタンに何十年も住んでいるアフガニスタン難民約280万人のうち、登録しているのはわずか半数。パキスタンには、未登録のベンガル系やネパール系、ロヒンギャ族の移民がかなりの数で存在する。
CNICの発行を求める活動を率いるシェイク・フェロス氏は最近の抗議行動で、「ベンガル系パキスタン人の大多数はCNICを持たず、自分の国であるにもかかわらず外国人や不法移民のように暮らしている」と訴えた。
NADRAは、バングラデシュ、ケニア、ナイジェリアのデジタルIDシステムの構築も支援しており、「特に女性、少数民族、トランスジェンダー、未登録者」に専門に対応する登録部門を設置していると説明している。
「女性が男性職員と接するのをためらうという社会文化的な障壁を克服するため」、特に国境沿いの州には女性専用の拠点が複数置かれ、高齢者や障害者を優先しているという。
<個人データ流出のリスク>
一方でCNICを持っている人はプライバシー侵害というリスクにさらされている。
CNICのデータベースには、税務署から選挙管理委員会、携帯電話サービスプロバイダーまで、公共・民間の約300の機関・企業がアクセスしている。
これまでに何度もデータが流出し、セキュリティが不十分だと指摘されていると、非営利団体デジタル・ライツ・ファンデーションの幹部で弁護士のニャット・ダッド氏は指摘する。「個人情報が流出し、脅迫の武器として使われた女性からハラスメントの訴えを受けることが多い」
パキスタンにはデータ保護法がないため、電話番号など個人情報が流出しても説明責任が生じないという。
(Waqar Mustafa記者)