■TV局は総裁選=「権力闘争」をライブ中継
自民党総裁選だが、岸田文雄新総裁という結果となった。100代目の総理大臣が決まったわけである。
「総裁選」は、3週間にわたりワイドショーを筆頭に報道・情報番組を席巻した格好である。TV局各社は、ほとんどコストをかけることなく視聴率を稼げるコンテンツを得たことになる。
「総裁選は学級委員の選挙とは訳が違う。総裁選という名を借りた権力闘争であることを腹に収めてほしい」
これは麻生太郎前財務相の言である。総裁選に臨む麻生派緊急総会での発言である。
いわば、総理大臣を選ぶという「権力闘争」を擬似的ながらライブで視聴できるのだから、これ以上面白いコンテンツはなかなかない。
■周到な「準備力」が勝敗を分けた
「聞く力」(岸田文雄氏)VS「突破力」(河野太郎氏)の闘いとなったが、決定したのは覚悟というか周到な「準備力」の違いだったように思われる。
全体に成長戦略など経済政策に対する議論がやや低調だったが、岸田氏は「新しい日本型資本主義」というコンセプトを打ち出した。「成長なくして分配なし。分配なくして成長なし」と中間層の賃上げを促進することで所得分配を重視する姿勢を当初から採用した。
河野氏はこれに誘われるように賃上げ、あるいは所得分配を語ったが、経済政策では後手に廻った。経済政策には関心が薄かったのか、後追いとなった。「準備力」の付き焼き刃感を露呈した。ここは国民の生活に密接に関係するところであり、議論を深めてほしい最も重要で切実なポイントだった。
賃上げは「アベノミクス」でも大きな課題だった。経済界各社は、分配といえば資本準備金=内部留保の充実、あるいは株主配当、すなわち会社&株主に報いることにはとりあえず熱心だった。しかし、「アベノミクス」を推進する安部晋三首相、麻生財務相という当時の政権の再三にわたる要請にもかかわらず従業員の賃上げには慎重だった。
■成長戦略についての議論は何故か低調だった
岸田新総理が賃上げに焦点を当てたことは間違いではなく正当な議論である。 しかし、根本的な問題が残った。総裁選では全体に「成長戦略」などはほとんど語られなかった。高市早苗氏が唯一「危機管理投資」を成長戦略につなげる問題提起をしたが、何故か成長戦略についての議論は深められることはなかった。
GDP(国内総生産)では、米国、中国に圧倒的に差を開けられている。2020年で比較すると、中国はトップの米国のGDPの70%弱の巨大な経済に膨張している。日本はGDPで3位だといっても、すでに中国の3分の1程度の規模でしかない。
この2021年4~6月のGDP成長率では、米国6・7%(前期比)、中国7・9%(前年同期比=前期比5・0%)であるのに対して日本は前期比0・3%(年率1・3%)にとどまっている。これは根底的にはそれぞれの経済政策によってもたらされている。日本は何とかプラスに転じたが、経済成長が決定的に脆弱である。
総裁選では、この事実については一切語られることはなかった。立候補した4氏とも経済の現状にほとんど「危機感」は持っていないようにみえる。
日本は成長戦略では「負け組」にほかならない。「負け組」であることは辛い事実だ。だが、この事実を認めることからスタートしない限り、日本は衰退に歯止めをかけて反転することは不可能である。岸田新内閣が長期政権になるか、短期政権に終わるかは案外そこにかかっている。
(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)