[東京 5日 ロイター] - 元日銀理事の前田栄治氏(ちばぎん総合研究所社長)は5日、ロイターのインタビューで、経済が強く物価も一段と上昇して賃上げ見通しの確実性が高まれば、今年度後半にも日銀が金融政策を「微修正」する可能性があると述べた。10年金利の許容変動幅拡大やイールドカーブ・コントロール(YCC)誘導対象の10年債から5年債への短期化に取り組むべきだという。ただ、日銀の金融緩和自体は微修正後も継続すると話した。
<表面化するYCCの歪み>
前田氏は世界的な物価高が「日本の金融政策の歪みを顕わにした」と指摘する。海外の金利上昇で日本の国債金利にも上昇圧力が波及する中、日銀は10年物国債金利を許容変動幅の上限0.25%で抑制するため、連続指し値オペを原則毎営業日実施するなど積極的な国債買い入れを行っている。
前田氏は「10年金利をスムーズにコントロールすることはなかなか容易ではない」と話す。「日銀はYCCで長期金利を抑えれば景気も物価も良くなって2%目標に近づいていくと説明してきたが、今は実質金利低下の効果が為替に全部表われている印象がある」とした。
YCCは2016年、超長期金利まで下がりすぎるマイナス金利政策の「副作用」への対策として導入された。前田氏は、現在では国内外の金利に上昇圧力が加わっており、超長期金利の過度な低下リスクに対応する必要はないと指摘。同年に導入されたマイナス金利も、円高を起点に物価上昇の勢いが失われることへの警戒感が背景にあったが「今はそういう環境ではない」とした。
今すぐの変更は適切ではないが「YCCもマイナス金利も必要がなくなっているのではないか」と語った。
<操作対象の短期化を、10年債は「買い入れで歪み」>
前田氏は経済・物価の条件が整ってくれば「どこかで政策の微修正が必要になる」とし、黒田東彦総裁の下でも「年度後半に金融緩和を微修正する可能性がある」と述べた。
長期金利の許容変動幅をただちに拡大すべきではないが「もう少し動いてもいいのではないか」とみる。10年金利が0.25%を超えても「急に非線形に経済に悪影響が出るというより、影響はグラジュアルに出るだろう」と話し、「長期金利の固定で為替が変動しており、トータルで長期金利の変動を抑制することが本当に経済にプラスなのか、議論の余地が出てきている」と語った。
日銀は16年の「総括検証」以降、経済・物価への影響が大きいのは短期、中期の金利だと分析してきた。前田氏はYCC修正の例として「金利ゼロは維持しつつ、操作対象を短期化することが、緩和効果を維持しながら市場機能の改善、ひいては過度な為替の変動抑制に一定の効果を持つはずだ」と述べた。
「10年債は日銀の買い入れで歪んでおり、理論上は短い方がコントロールしやすい」とし、誘導対象を5年にしても「何か問題があるかと言えば、そうでもない。10年債は本来的には市場形成に任せた方がいい」とも話した。
日銀の積極的な国債買い入れで、国債発行残高に占める日銀の6月末の保有比率は50%を超えた。
もっとも、前田氏は政策の微修正には経済の強さや物価のさらなる上昇が必要だと強調。「(誘導対象を)短くすると10年金利の変動が大きくなる。変動が大きくなっても耐え得る経済が必要だ」と述べた。物価については「円安が1つの要因となって、コアCPIの上昇率が3%に上がっていく状況になればインフレ期待も変わってくると思うし、来年の賃上げにもかなり影響してくると思う」とした。
<マイルドなインフレは世界的に継続、日本は2%定着遠く>
前田氏は、ウクライナ危機を受けたサプライチェーンの見直しや各国財政支出の拡大、グリーンフレ―ション(気候変動対策に伴う物価上昇)により、「世界的に向こう数年間はマイルドなインフレが続く」とみる。ただ、輸出入物価や為替を通じて日本のインフレもある程度は高まるものの「2%定着には時間が掛かる」とし、「日銀の政策運営は、修正後もかなり緩和的な状態が続く」と語った。
前田氏は2016年5月から20年5月まで日銀の理事を務めた。18年3月以降は、金融政策の企画・立案を担当する企画局を担当した。
(和田崇彦、木原麗花 編集:石田仁志)