Natalie Grover Ahmad Ghaddar
[ロンドン 13日 ロイター] - イスラエルとイスラム組織ハマスの交戦は、石油市場にとって、ロシアによる昨年のウクライナ侵攻以来の重大な地政学リスクをもたらしている。
世界最有力の石油・ガス産出国であるロシアと異なり、イスラエルのエネルギー生産量は乏しい。しかし戦闘が中東の主要エネルギー生産国に飛び火し、石油やガスの供給に影響を及ぼす恐れがある。
今のところそれは現実化していないが、専門家らは戦闘がエスカレートすれば幾つかの大きな問題が発生しかねないと指摘する。
まずハマスのイスラエル攻撃にイランが関与した場合、米国が対イラン制裁強化に動く可能性があり、既に供給不足の市場にさらなる緊張を招いてもおかしくない。イランは報復措置としてホルムズ海峡で近隣の石油輸出国機構(OPEC)諸国からの原油輸送を妨害するかもしれない。
さらに米国が仲介するサウジアラビアとイスラエルの関係正常化が暗礁に乗り上げる事態もあり得る。
◎これまでの石油市場の反応
ハマスがイスラエル攻撃を開始した7日以降の1週間で、北海ブレント価格は1バレル=5ドル余り上がって90ドルを超えた。
専門家や業界関係者は、今回と1973年の第一次石油ショックとは様相が異なると認めている。当時はサウジが主導する形で、第四次中東戦争においてイスラエルを支援した国への石油禁輸措置を講じ、価格高騰につながった。
今はサウジとロシアが既に年末までの自主減産を発表し、9月終盤には原油価格が10カ月ぶりの高値になったが、先週になると世界的な景気悪化と需要冷え込みへの懸念で価格は劇的に下がる場面があった。
元米国務省国際エネルギー担当特使のデービッド・ゴールドウィン氏は、これからも原油価格は戦争よりファンダメンタルズに左右される面が大きいとみている。
トータス・キャピタルのシニア・ポートフォリオマネジャー、ロブ・サメル氏は、世界全体の石油供給の2割を占めるホルムズ海峡の輸送ルートにイランなどの動きによって混乱が生じない限り、原油価格が跳ね上がる公算は小さいと述べた。
◎イラン産原油輸出への影響
米国の制裁にもかかわらず、イラン産原油輸出は今年著しく拡大し、サウジとロシアが行っている合計日量130万バレルの自主減産に伴う供給の穴を埋めている。
ハマスを支援するイランは、ハマスによるイスラエル攻撃への関与は否定。イエレン米財務長官は11日、イランがこの攻撃に関係している証拠が出てきた場合、米国がイランに対して新たな制裁を発動するかどうかについては、発表する材料は何も持ち合わせていないと発言した。
イランのオウジ石油相は13日、中東地域における最近の事態を踏まえて原油価格は1バレル=100ドルの大台に達すると述べたと伝えられている。
そうした中で米国が対イラン制裁を強化すれば、世界全体と米国内の双方で原油供給をひっ迫させ、エネルギー価格を押し上げかねない。来年の大統領選を控えているバイデン大統領としてもそれは避けたい展開だ。
ただRBCキャピタル・マーケッツのアナリスト、ヘリマ・クロフト氏は、イランに2018年以前の水準まで原油生産を高めるのを許してきたような今の緩い制裁の枠組みをバイデン政権が継続するのは「難しくなりそうだ」とみている。
一方で米国が供給混乱につながるリスクを背負うとは想定されないとの声も聞かれる。FGEのアナリストチームは、米国はサウジがイランの輸出減少分を肩代わりすると合意しない限り、対イラン制裁強化には乗り出しそうにないし、サウジがそのような取り決めに応じる現実味はないと指摘した。
◎サウジとイスラエルの関係正常化の行方
サウジは、米国が後押ししているイスラエルとの関係正常化計画を棚上げしようとしている、と事情に詳しい関係者が13日ロイターに明かした。イスラエルとハマスの交戦を受け、サウジが外交政策の優先順位を見直していることがうかがえる。
米国はこれまで、サウジが米国と防衛条約を結ぶのと引き換えに、イスラエルとの関係正常化を進める取り組みを仲介しようとしてきた。この枠組みに沿って、サウジは来年増産する用意があると米国に伝えた、とウォールストリート・ジャーナル紙が7日に報じた。
こうした努力は続けられるべきだ、と米政府は表明している。しかし戦略国際問題研究所(CSIS)のベン・ケーヒル氏は、協議が中断され、米国とサウジの協調推進のための重要な道が閉ざされてしまう恐れがあると警告した。
◎OPECプラスの反応
サウジのアブドルアジズ・エネルギー相は最近CBNCテレビで、OPECとOPECプラスは以前に遭遇した多くの試練を乗り切ってきたし、加盟各国は連携しており、その結束を揺るがそうとしてはならないと語った。イスラエルとハマスの戦闘が始まってからアブドルアジズ氏が口を開いたのはこれが初めて。
イラク石油省の報道官は12日、OPECプラスは市場の諸課題に条件反射的に対応することはないと述べた。
ロシアのノバク副首相は同日、今の原油価格について、イスラエルとハマスの交戦状況を織り込んでいて、関連リスクがそれほど高くないと市場が信じていることを反映しているとの見方を示した。
ロシアのプーチン大統領は、OPECプラスの協調は「石油市場の予測可能性(維持)のために」続けられると主張した。