Farah Master Xiaoyu Yin
[香港 30日 ロイター] - ツァン・メンさん(20)が精神的に追い込まれたのは昨年12月だった。気がつくと北京の大学寮の階段で泣きじゃくっていた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として繰り返されるロックダウンによる絶望感が原因だった。
ロックダウンに入ると、ツァンさんはほとんど部屋から出られず、友人に会うこともできなかった。食堂を利用する時間、シャワーを浴びる時間にも厳しい制約がある。人と直接会って交流することが大好きだというツァンさんにとって、そうした制約は「自分を支えてきたセーフティネットが外され、私という存在すべてが崩れていくように感じた」という。
その12月にツァンさんは強い不安・うつ状態と診断された。
ファーストネームは伏せてほしいというヤオさん(20)は、高校のときに最初の危機を迎えた。寄宿寮で生活していたヤオさんは、ロックダウン政策がこれほど厳しい理由を理解できなかった。ある日、学校のトイレにこもって、激しく泣き続けざるをえなかったという。「まるで自分の体の中が泣いているようだった」
北京市内の大学に在学中の2021年初頭、ヤオさんは自殺を図った。高校以来のうつ状態を解消できなかったほか、父親の怒りを買うことを恐れ、希望していた進路を選ばなかったことによる挫折感もあった。
中国は新型コロナの感染拡大をすべて封じ込めるという決意のもと、世界でも有数の厳格かつ頻繁なロックダウンを実施している。それが命を救うことにつながり、コロナ禍による死者が現時点で約5200人と低水準に留まっている、というのが当局の主張だ。
中国政府がこの姿勢を変える兆候は見られないが、医療専門家らは、こうした政策がメンタルヘルスに与える影響を警戒しており、ツァンさんやヤオさんの経験が示すように、すでに犠牲も生まれつつある。
英医療専門誌ランセットの6月号に掲載された論説は、「メンタルヘルスの不調が今後何年にもわたって中国の文化・経済に悪影響を与える兆候が出ており、中国のロックダウンは非常に大きな人的コストを生み出している」と主張している。
専門家らがメンタルヘルスへの悪影響を特に懸念しているのは、ティーンエイジャーや若年成人層だ。若さと、自分の生活を自由に決められないために傷つきやすい上に、上の世代に比べてはるかに強い学業面でのストレスや経済的なプレッシャーのもとで競争していかなければならない。
影響を受ける若者の数は非常に多くなるかもしれない。中国教育省による2020年の試算では、新型コロナ対策として長期にわたる行動制限を受けた国内の子ども、若者の数は約2億2000万人とされていた。これに関して、ロイターでは同省に対し最新の試算値とコメントを要請したが、回答は得られなかった。
<プレッシャーを感じる子どもたち>
コロナ禍における行動制限が、若者たちを過酷な状況に追い込む例も見られる。
たとえば上海では今年に入って厳格なロックダウンが2カ月続いたが、15─18歳の世代には、帰宅を許されず、ホテルで自己隔離を強いられる子どももいた。
上海にあるインターナショナルスクール、ラクトン校のフランク・フェン副校長はロイターの取材に対し、「子どもたちは食事の用意まで自分でやらなければならなかった。話し相手もなく、まさしく非常に厳しい状況だった」と語る。
中国の若者のメンタルヘルス、ロックダウンとコロナ禍の影響を検証したデータはわずかしかないが、そこからも憂鬱(ゆううつ)な状況は垣間見られる。
2020年4月に中国の3万9751人の生徒を対象に実施され、1月に米「カレント・サイコロジー」誌に発表された調査では、ロックダウンの期間中にリモート学習で勉強した中学生・高校生のうち約20%が自殺を考えたことがあると回答した。いわゆる希死念慮は、ある人が「死んだ方がまし」と考えている状況を指すものとされることがあるが、その時点では自殺する意志を持っていない場合もある。
もっと幅広い年齢層を見ると、2022年1-7月の中国の検索エンジン「百度(バイドゥ)」における「心理カウンセリング」の検索件数が、前年同期比で3倍以上に増加している。
新型コロナ対策としてのロックダウンが大事な試験の年と重なってしまったティーンエイジャーも多い。教師らによれば、新型コロナ感染による外聞の悪さを気にするだけでなく、感染するか、あるいはそれよりも圧倒的に多い濃厚接触者の認定を受けることで人生を左右する試験を棒に振ってしまうのを避けたい一心で、試験に先立つ数カ月間、自主隔離に入る家庭も少なくないという。
こうした学業面でのプレッシャーに輪をかけるのが、就職の見通しが暗いことだ。全体的な失業率は5.4%だが、都市部の若年層に限れば過去最高水準の19.9%と一気に上昇する。コロナ禍、そしてテクノロジー、教育セクターに対する規制当局の取締りにより、企業による採用が萎縮しているためだ。
また、1980年から2015年まで続いた国家政策のため、ほとんどの学生は一人っ子であり、将来的には両親の介護を支えなければならないという意識がある。
復旦大学が今年約4500人の若者を対象に行った調査によれば、回答者の約70%は、程度の差こそあれ、何らかの強い不安を口にしている。
また、コロナ禍とロックダウンは、人生における成功追求という強烈なプレッシャーに背を向ける傾向に拍車をかけていると考えられている。いわゆる「寝そべり族」と呼ばれる動きで、生きていくために最小限の努力しかしないという発想を多くの若者が支持し、昨年、中国のソーシャルメディアで非常に大きな話題を呼んだ。
<影響は20年か>
教育省の側でも、コロナ禍における学生たちのメンタルヘルスの改善に向けて、多くの取組みに着手している。大学でメンタルヘルスに関する必修講義を導入する、学校に常駐するカウンセラーやセラピスト、精神科医を増員するといった動きだ。
だが、この国でメンタルヘルスが注目を集めるようになったのは、ここ20年ほどにすぎない。教育省が学校にカウンセラーを配置するようになったのも比較的最近だ。昨年の時点では、ほとんどの学校にはカウンセラーなどいないのが当たり前だった。教育省が2021年6月に公表した指針では、全国で学生4000人当たり最低1人のカウンセラーを配置するよう求めている。
国営メディアでもこの問題は取り上げられている。
国営英字紙チャイナ・デイリーは6月6日、新型コロナ対策による制限がティーンエイジャーなど脆弱なグループのメンタルヘルスに与えた影響に注目する記事を掲載した。北京大学付属第6病院のルー・リン院長は記事中に引用された発言で、「人々のメンタルヘルスに(コロナ禍が)与えた打撃は、今後20年にわたって続く可能性がある」と述べている。
ルー院長によれば、2020年初頭のデータからは、自宅で隔離された住民の3分の1はうつや不安、不眠といった症状を体験していることが分かるという。
ルー院長は、感染拡大が収まれば大半の人が回復するだろうが、10%は完全に正常な状態には戻れないだろうと推測する。同院長が担当した複数の10代のゲーム依存症患者は、不眠に悩まされ、無気力な状態が続き、外出を嫌がっているという。
冒頭のツァンさんの場合、ロックダウンとその後経験したうつ症状によって、世界観が完全に崩れ去った。かつては中国語・中国文学を研究するという計画に満足していたが、ロックダウンのあり方に幻滅したことで、海外留学への興味が突然湧いてきたという。
「高校を卒業した頃はとても愛国的だったけど、そういう感情は徐々に薄れていった。もう政府を信用しないという意味ではない。むしろ、マスクと消毒用アルコールの匂いが骨の髄まで染みこんでしまったという感覚だ」
(翻訳:エァクレーレン)