田巻一彦
[東京 11日 ロイター] - 参院選で自民党が大勝したことで、岸田文雄首相の政権基盤は格段に強化される。政策選択におけるフリーハンドの幅も広がり、安倍晋三元首相の銃撃事件で動揺した社会が落ち着きを取り戻していく中で、独自の経済政策「キシダノミクス」を打ち出してくる可能性が高いと筆者は予想する。
ただ、短期的には物価高と電力、労働力の不足、中長期的には潜在成長率がゼロに接近するという大きな課題を抱えている。財政支援なしにはマイナス成長になりかねない日本経済の成長力を高め、賃金引き上げを実現するためには分配だけでなく、稼げる産業の育成が欠かせない。そのために必要なピースで構成された「キシダノミクス」の中身を早急に詰めて公表してほしい。
<キシダノミクスで解散・衆院選勝利がベストシナリオ>
10日投開票の参院選は自民党の大勝に終わった。改選過半数の63議席を獲得して8議席増やした。一方、連立与党の公明党は1議席減の13議席に終わった。特に比例代表の得票数が618万票にとどまったのはショックだったのではないか。
11日の東京株式市場では、岸田政権の長期化観測も浮上し、一時、日経平均は前日比500円を超す上昇となった。2024年9月の自民党総裁選、25年10月の衆院議員任期まで大きな政治的イベントはない。岸田首相にとって「黄金の3年間」が訪れたとみる政界や市場関係者が増えているのは、そのためだ。
岸田首相にフリーハンドが与えられたとすれば、政権運営に「岸田カラー」を出していく可能性が高まる。アベノミクスで支持率を高め、最長の首相在任期間を更新した安倍元首相の手法に倣い、キシダノミクスを掲げて24年9月の自民党総裁選の直前に衆院解散を断行し、総選挙で大勝して総裁選に臨めば、無投票当選のシナリオも描くことができる。これが岸田長期政権への「ベストシナリオ」だろう。
<短期的対応迫られる物価高と電力不足>
だが、今回の参院選は立憲民主党の「無策」に助けられて勝利した要素もあり、日本を取り巻く経済環境は厳しさを増している。1つは物価高への対応であり、もう1つは電力不足への対応だ。物価高への対応を誤れば、消費低迷に直結して日本経済のV字回復実現は雲散霧消しかねない。
2つ目の電力不足が深刻化した場合、産業界に電力使用の制限を課す事態に発展しかねず、供給制約によって日本国内の生産を抑制することになる。
この2つの短期的な課題に対して岸田政権は今のところ、ガソリン価格を抑制する補助金の給付や節電要請など「小手先」の対応に終始している。このままでは、主要7カ国(G7)の中でコロナ前との比較で最も国内総生産(GDP)の戻りが鈍いという現状を打破することは難しくなる。
<枯渇してきた日本の経済成長力>
さらに問題なのは、中長期的な日本の経済成長力が「枯渇」してきたのではないか、という問題だ。潜在成長率はゼロ─0.5%の間に低下しているとみられ、補正予算などの財政支出なしでは、プラス成長を果たす力がなくなってきたと疑われる状況に直面している。
日本の潜在成長率を引き上げるには、生産性の引き上げと労働力不足への対応が必須となる。日本の低成長を端的に物語るのは、過去25年間にわたって実質賃金がほぼ、横ばいで推移してきたことだ。
実質賃金を引き上げて労働分配率を上昇させようという狙いが、岸田首相とその周辺にあるようだが、生産性の引き上げも同時に実現しないと、実質賃金の上昇を継続的に実現することはできなくなる。
<生産性向上と賃金引上げ、岸田長期政権の分かれ道に>
これから打ち出すであろうキシダノミクスでは、生産性向上を実現するための方策が最も重要なピースになる。関連して海外移転した工場の本国還流を政府が強力なサポートで実現させ、足元の円安を効果的に活用する政策対応も打ち出すべきだ。
キシダノミクスによって生産性向上と賃上げの好循環が現実味を帯びてくれば、24年9月の自民党総裁選をクリアし、岸田長期政権の現実味が急上昇するだろう。
しかし、ゼロ成長体質の日本経済に経済対策という名のカンフル剤対応で済ましていけば、24年の日本経済は物価高と低成長が混在したスタグフレーションまがいの状況となり、自民党内から「反岸田」の声が上っているかもしれない。
潜在成長率の引き上げにつながる実効性のある政策を打ち出せるかどうかが、岸田政権の命運を大きく左右することになるだろう。
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