Emma Batha
[ロンドン 1日 トムソン・ロイター財団] - ポップミュージック界の大スター、テイラー・スウィフトさんのポルノ画像が偽造され、拡散されたことをきっかけに、米国では、人工知能(AI)によって容易になった性的なディープフェイク画像の爆発的増加に対処できる強力な法整備を求める声が高まっている。
スウィフトさんの顔を別の女性の体とつなぎ合わせたこの画像は先週、ソーシャルメディア上で数千万回閲覧された。弁護士によると、このようなケースとしてこれまでで最大の出来事だ。
億万長者のスウィフトさんは法的措置に訴える可能性がある、との憶測がメディアをにぎわせている。しかしディープフェイク・ポルノ関連の法律は限られるため、彼女がどのような手段を採るかは明らかではない。
どのような法律があるのか、なぜ訴訟を起こすのが難しいのかを解説する。
◎ディープフェイク・ポルノの規模
政治家の間では、フェイク画像が選挙結果をゆがめる恐れが懸念されているが、実際に流れているディープフェイクの大半は、合意を得ていない女性のポルノ画像・動画だ。
そうした動画が最初に現れたのは2017年で、ソーシャルメディア・プラットフォームのレディットに投稿された。当時、偽動画を作成するには技術的なスキルを要し、対象となる女性の顔の画像も多数必要だった。
現在では、たった1枚の写真があれば、専門知識がなくても誰でもディープフェイクを作れるアプリが複数存在する。
弁護士のアダム・ドッジ氏は「私はこれを、女性に対するポイント・アンド・クリック(クリックひとつでできる)暴力と呼んでいる。今ではそれほど簡単だ」と語った。
偽動画の数は急増している。
独立系アナリストのジュヌビエーブ・オー氏によると、ディープフェイク・ポルノの主要サイトには昨年だけで14万4000本以上、1万4000時間超の動画が投稿された。それ以前に投稿された合計数を上回っている。
同氏の調査では、2017年以降、これらのサイトでの視聴回数は42億回を超えている。
◎ディープフェイク・ポルノは違法か?
ディープフェイク・ポルノに関する法律がある国は、オーストラリア、南アフリカ、英国などほんの一握りだ。英国の新しい「オンライン安全法」では最高刑が懲役2年となっている。
K―POPのスターが頻繁に偽動画の標的にされている韓国では、営利目的でディープフェイク・ポルノを制作した場合、最高で懲役7年の刑が科せられる。
コロンビアやカナダなどは法整備を検討中だ。
米国には、関連する連邦法がない。約10の州がパッチワークのような法律を導入しているが、カリフォルニア州のようにディープフェイク・ポルノを犯罪とせず、民事訴訟のみに対応できる州もある。
先週、ホワイトハウスはスウィフトさんの事件を「憂慮すべきもの」とし、カリーン・ジャンピエール大統領報道官は、議会は立法措置を採るべきだと述べた。
超党派の上院議員グループは1月30日、ディープフェイク・ポルノの画像・動画の被害者が、制作者や拡散した人々を訴えられるようにする法案を提出した。
◎法的措置のハードル
最大の問題のひとつは制作者を突き止めることの難しさだ。制作者はVPN(仮想専用線)を使って身元を隠している。
仮に制作者を特定できたとしても、異なる司法管轄区にいる可能性が高く、追及は不可能かもしれない。
警察を説得して事件に真剣に取り組んでもらうことも難しい。
ディープフェイク・ポルノを通報した女性の中には、警察官に一笑に付されたり、パソコンの電源を切るように言われたりしたという人もいる。
人権団体「イークオリティ・ナウ」は、問題の世界的な性質を踏まえて各国が協力し、法整備と併せて取締機関に対する適切な研修を実施すべきだと訴えている。
証拠を出すこともハードルのひとつだ。ほとんどの女性にとって、まず優先されるのはコンテンツを削除してもらうこと。これ自体、簡単なことではないが、もし削除できたとしても、それが存在したという証拠を失うことになる。
イークオリティ・ナウのデジタル権利専門家であるアマンダ・マニャメ氏によれば、検察が立件するには、コンテンツが投稿されたことを示す証明書をプラットフォームが発行する必要があるが、削除されていればそれは不可能だ。
IT企業がプラットフォームから素材を削除する際は証拠を保全すべきだと活動団体は訴えているが、企業側はプライバシー関連の法律に違反しかねないとしている。
◎ディープフェイク・ポルノを巡る訴訟の前例
弁護士らはトムソン・ロイター財団の取材に対し、米国や他の国で訴訟が起きた事例を把握していないと答えた。
何度もディープフェイクの標的にされた米女優スカーレット・ヨハンソンさんは数年前に法的措置を検討したが、実行しないことを決めた。
米国の弁護士、キャリー・ゴールドバーグ氏は、多くの有名人のディープフェイク削除を支援したが、訴訟を起こした人はいないと述べた。
民事訴訟は費用がかかり、長期化し、被告が反訴すれば逆効果になりかねない。
ユーチューバーのGibiさんはトムソン・ロイター財団に、彼女や他の女性のディープフェイクを制作した男性を提訴しようとしたが、信じられないほど難しかったと語る。証拠を山ほど集めたが、裁判を進められる可能性は低いと考えた。
「(関連する)法律がないため負ける可能性が高いのに、信じられないほどのお金と時間がかかるだろう」と話す。
仮に米国が法律を導入したとしても、ディープフェイクの被害者は裁判で勝つのに苦労するだろうと弁護士はみている。
弁護士のドッジ氏は「テイラー・スウィフトさんでさえ、われわれの手の届かない司法管轄区で動画を制作、投稿した人物に責任を負わせることはできないだろう」と語った。
◎スウィフトさんが利用できる法律
スウィフトさんの広報チームは、法的措置を検討しているかどうかについてのコメント要請に今のところ答えていない。仮に法的措置を採る場合、スウィフトさんが法的にどの州に居住しているか次第でアプローチは変わってくるだろう。
報道によれば、スウィフトさんはテネシー、ニューヨーク、カリフォルニアの各州に自宅がある。
テネシー州にはディープフェイク・ポルノに関する法律はないが、ニューヨーク州とカリフォルニア州にはある。
法律の専門家によると、ディープフェイク・ポルノの被害者は、著作権、名誉毀損、プライバシー侵害、画像の不正流用、サイバーストーキングに関する法律など、他の法律も利用できる可能性がある。
しかし法廷での実践例はない。スウィフトさんのケースでは、画像が大きく改変されていたため、制作者らは著作権の侵害ではないと主張するかもしれない、と弁護士は述べている。
一部の識者は、スウィフトさんがX(旧ツイッター)など、画像の拡散を可能にしたソーシャルネットワークを訴える可能性を示唆している。
しかし弁護士によれば、米IT企業は、通信品位法230条により、第三者から提供された情報に対する責任からほぼ守られている。
Xは画像を削除し、スウィフトさんに関する検索を一時的に不可能にしてまで拡散阻止に動いた。
ゴールドバーグ弁護士は、画像を制作した個人を追求するのは非常に困難であるばかりか、抑止効果はほとんどないだろうと言う。自分なら、ディープフェイク制作に使用されたアプリを作成・販売した企業を訴えることを選ぶだろうと述べ、こうしたアプリの悪用は完全に予見できたと説明した。
「私がテイラーさんの弁護士だったら、こうした危険な商品の責任を問うだろう」とゴールドバーグ氏。「(画像を)拡散した100万人を追及することはできないが、制作に使われた商品を追及することはできる」と語った。