[シカゴ 3日 ロイター] - 米ワシントン大学保健指標評価研究所(IHME、シアトル)のクリス・マーレイ所長が新型コロナウイルスの感染数と死者数について示す予測は、世界中から注視されている。しかし、同氏は今、流行の先行きについて仮説を修正しつつある。
マーレイ氏は最近までは、幾つかの有効なワクチンの発見が集団免疫の達成を助ける可能性があることに希望を抱いていた。あるいは接種と過去の感染が組み合わさることで、他人への感染をほぼゼロにできる可能性があるとも期待していた。しかし、先月に明らかになった南アフリカでのワクチン臨床試験データは、感染力の強い変異株がワクチンの効果を弱める可能性があるだけでなく、感染したことのある人の自然免疫をもくぐり抜ける恐れがあることを示した。
このデータを見た後は「眠れなかった」とマーレイ氏はロイターに打ち明けた。「コロナ流行は一体いつ終わるのか」と同氏は自問する。現在は変異株が自然免疫をかいくぐる能力を考慮に入れるため、自分の研究モデルを修正中で、早ければ今週中にも最新の流行予想を発表するつもりだ。
<ここ数週間のデータで希望は後退>
コロナ流行を追跡分析したり、その影響の抑制に取り組んだりしている18人の専門家にロイターがインタビューした結果、新たなコンセンサスが急浮上していることが明らかになった。専門家の多くによると、昨年の遅い時期に約95%の有効性を示す2種類のワクチンが登場したことで、「はしか」のようにコロナウイルスもおおむね抑制できるとの希望がいったんは強まっていたという。
しかし、南ア型やブラジル型の新たな変異株を巡ってここ数週間に出てきたデータは、そうした楽観的な見方を打ち砕いたという。専門家らは今、コロナは一定の地域や季節に一定の罹患率で広がり続けるウイルスとして地域社会に残るというだけでなく、今後何年も発症者や死者の多大な犠牲を招く可能性が大きいとの見方に変わっている。
こうしたことから、人々は、特に高リスクの人々は、習慣としてのマスク着用や、感染急増時の混雑回避などの対策が今後も必要になるとみられるという。
バイデン米大統領の医療顧問トップを務める米国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長はインタビューで、ワクチン接種後であっても、変異株が出てきているのならば「自分はこれからもマスクを着用したい」と語った。ちょっとした小さな変異株が出現するだけで、これが次の流行急増を誘発し、いつ生活が正常化するかの見通しをがらりと変えてしまうとも指摘した。
マーレイ氏をはじめ一部の科学者は、予想が改善する可能性もあるとも認める。記録的なスピードで開発された新しいワクチンは、変異株が感染力を高めている中でもなお、入院や死亡は防いでいるように見える。変異株に高い有効性を維持し得る再接種用や新規接種用のワクチン開発も、多く手掛けられている。そもそも、免疫システムがコロナウイルスと闘う能力について、分からないことはまだたくさんあるという。
既に多くの国で、年明け後に感染率の低下が見られた。優先接種された人々の重症化や入院が劇的に低下した例もある。
<死者はインフルエンザの4倍にも>
マーレイ氏によると、南ア型や同様の変異株が急速に広がり続けた場合、次の冬のコロナによる入院数や死亡数はインフルエンザ流行の4倍に高まる可能性がある。これは有効性65%のワクチンがその国の国民の半数に接種されたと仮定しての話だ。米連邦政府によるインフル死者の年間予測に基づくと、最悪の場合は次の冬に米国だけで最大20万人がコロナ関連で死亡する可能性があるとの計算になるという。
マーレイ氏の研究所が現在出している今年6月1日までの予測では、コロナ死者は米国でさらに6万2000人、世界でさらに6万9000人と推定されている。モデルにはこの期間のワクチン接種率の予想や、南ア型とブラジル型の流行見込みを加味している。
専門家の考え方が変わってきたことは、流行がいつ終わるかを巡る各国政府にも影響しており、発表のトーンは慎重になってきている。ワクチン接種を世界最速で進めている国の一つである英国は先週、世界でも最も厳しい部類の移動制限措置について、解除はゆっくりになるとの見通しを示した。
米政府が予測する生活様式の正常化の時期も、何度も後ずれしている。最近では昨年夏の終わり頃からクリスマス時期になり、さらに今年3月ごろに修正された。イスラエルが発行する免疫証明書「グリーンパス」は、コロナ感染から回復した人やワクチン接種を済ませた人に与え、持っていればホテルや劇場の利用を認める仕組みだが、有効期間は半年しかない。免疫がどれだけ長く持続するか、よく分かっていないからだ。
米ジョンズ・ホプキンズ大学公衆衛生大学院のステファン・バラル氏は「コロナ流行の緊急事態局面が過ぎるというのは一体何を意味するのか」と問い掛ける。一部専門家はワクチン接種や厳しい制限措置を通じて感染が完全に根絶され得るかどうかを論点にしているが、バラル氏は目標をもっと控えめに、しかし意味がある内容に置いている。「私が想定するのは、病院が満杯でなくなり、集中治療室もいっぱいでなくなり、人々が悲劇的な死を迎えなくて済む状態だ」と説明する。
<コロナは当初から「動く標的」>
そもそも最初から、コロナウイルスは専門家にとって、いわば「動く標的」だった。
流行の初期にも、有力専門家らはコロナウイルスが一定の地域や季節に一定程度、繰り返し流行が続いていく可能性があり、「完全に消え去ることはないかもしれない」と警告していた。これは世界保健機関(WHO)の緊急対応責任者マイク・ライアン氏の意見でもあった。
彼らには解明しなければいけないことがたくさんあった。ウイルスに対抗できるワクチンの開発は可能か。このウイルスはどれだけ急速に変異していくのか。高い実施率で予防接種を行えば地域全体をほぼ感染から防ぎ続けられる「はしか」のようなものか。あるいは毎年世界で何百人もが感染するインフルエンザのようなものか――といった疑問だ。
昨年の大半を通じて、多くの科学者はコロナウイルスが感染力を高めたり致死性が強まったりする大きな変異をしなかったことに、意外感を覚え、胸をなで下ろしてもいた。
大きな展開があったのは昨年11月だ。米ファイザーとドイツのビオンテックの連合と、米モデルナ がそれぞれ、臨床試験(治験)で約95%の有効性が示されたと発表した。これは今開発されているどのインフルエンザワクチンよりも高い有効性だ。
ロイターが今回取材した少なくとも数人の専門家は、こうしたデータを受けても自分たちは、そうしたワクチンがコロナウイルスを一掃するとは予想しなかったと話した。しかし、多くの専門家は、このデータが出現したことで、研究界では世界が十分なスピードで接種を進めることができさえすれば、実質的な根絶は可能だろうとの希望が持ち上がったと指摘する。
英インペリアル・カレッジ・ロンドンの感染症疫学専門家、アズラ・ガーニ氏は「昨年のクリスマス前の時点では、われわれは皆、こうしたワクチン登場を極めて楽観的に受け止めた」と話した。「コロナワクチン第1世代で、これほど高い有効性のワクチンが可能になるとはわれわれは必ずしも予想していなかった」
<「むち打ちを食らったような」見通し変更>
しかし楽観論は短命に終わった。12月末には英国が感染力の強い新たな変異株が見つかったと警告。この変異ウイルスは英国内で急速に感染の主流になった。ほぼ同じ頃、研究者は南アとブラジルで、感染力のさらに強い変異株が流行し始めたことを知ることとなった。
ファイザー所属のワクチン専門家、フィル・ドーミツアー氏は昨年11月の時点では、ロイターに対し、同社ワクチンの成功はコロナウイルスが「免疫に対するぜい弱性」を持つことを示していると話し、「人類にとって画期的な出来事」と強調していた。しかし今年1月初めには、同氏は変異株が新たな局面到来の予兆となっていることを認めざるを得なかった。
1月下旬には、ワクチンに及ぼす影響がさらに明らかになってきた。米ノババックスのデータが、英国の治験では89%の有効性を示した半面、南アでの治験ではわずか50%だった。1週間後には、英アストラゼネカ のワクチンが南ア型による軽度の発症に対して限定的な予防効果しかないとするデータも示された。
何人かの専門家は、直近で迫られた見通しの変更はかなりのものだったと話す。米ラホヤ免疫研究所(サンディエゴ)のウイルス学者、シェーン・クロッティー氏は、科学者たちがあまりの衝撃に「むち打ち」を食らったような状況だと描写した。同氏は昨年12月の時点では、コロナウイルスをはしかウイルスのように「機能的に根絶する」ことは可能だと考えていた。
今はどうだろうか。「状況打開のための答えや進むべき道は、できるだけ多くの人に接種することだ。それは今も、12月1日時点や1月1日時点と変わらない」という。しかし、そうした努力から期待できる「成果」はもはや、以前と同じではないと警戒心をあらわにした。