[25日 ロイター] - 2022年の夏が終わる頃、メタ・プラットフォームズのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は上級幹部を招集し、5時間にわたって自社コンピューターの能力について詳細な分析を行った。焦点は、最新の人工知能(AI)に対応できるかどうかだった。
メタのAI部門を率いるサントシュ・ジャナーダン氏が同年9月20日付けで社内のメッセージボードに投稿したメモを、ロイターが確認して今回初めて伝えた。
メタが直面したのは、実に厄介な問題だった。AIの研究調査に投資していたことは知られているが、AIと相性の良い高価なハードウエアとソフトウエアを主要事業に導入するのが遅れていたからだ。
成長事業におけるAIへの依存度が強まっているにもかかわらず、これでは技術革新に追い付けない恐れがあった。このメモや12人の関係者への取材で、こうした事実が浮かび上がってきた。
ジャナーダン氏はメモで「われわれはAI開発において、ツールのそろえ方や作業フロー、処理手続きの面で大きなギャップを抱えている。ここに重点投資しなければならない」と強調。AI開発を後押しするには、メタが物理的なインフラの設計からソフトウエアのシステム、安定的なプラットフォームの提供方法に至るまで「根本的に変化する」必要があると訴えた。
メタはこれまで、AIのハードウエアのトレンドに「少しだけ遅れている」と公に認めてきた。だが、トレンドに追いつくために実施してきたコンピューター能力の改善や統括部門の刷新、当初計画されていたAI向け半導体開発の取りやめなど、今回初めて具体的な対応の詳細が明かされた。
同社広報担当者にメモ内容やAI開発見直しについて聞くと「われわれは、短期と長期のニーズに対応するためにインフラ能力を拡大し続ける力に自信を持っている。新しいAI主導の経験を自社のアプリや消費者向け製品に持ち込んでいく」とコメントした。
このAI開発の抜本的見直しにより、メタの設備投資は四半期当たり約40億ドルも増え、2021年の2倍近くに膨らんだ半面、そのあおりで4カ所のデータセンター建設計画が、棚上げか中止の憂き目を見ることになった。
メタは昨年11月以降、ハイテクバブル崩壊以来の規模で人員削減を進めており資金面で厳しい状況にある中でも、大規模投資に踏み切った形だ。
一方で、マイクロソフトが出資する新興企業オープンAIが開発した対話型AI「チャットGPT」は、昨年11月30日のデビュー以降、歴史的なスピードで利用が拡大。従来のデータ分析を超えて、人間のように文章や画像などさまざまなコンテンツを作成するこれら生成AIを巡る大手IT企業の開発競争が始まった。
5人の関係者の話では、生成AIは膨大なコンピューターの処理能力が必要で、メタのコンピューター能力のひっ迫に拍車をかけたという。
<遅かったGPU導入>
この5人によると、主たる問題の1つを突き詰めていくと、メタがAI開発のためのGPU(画像処理用演算プロセッサー)を導入するのが遅くなった点に行き当たる。
GPUは多数の作業を同時に処理し、大量のデータを読み取る時間が短縮されるので、AIによる処理には高い適性を備えている。
ただ、GPUは他の半導体よりも高額で、エヌビディアが市場の80%を握るとともに、関連ソフトウエアでも主導的地位にある。
メタは昨年まで、AIをおおむね汎用CPU(中央演算処理プロセッサー)で動かしてきたが、CPUはAIに関する作業では性能が低い。
2人の関係者が明かしたところでは、メタはAIの「推論」、つまり学習結果を踏まえて新たなデータについて推測する作業向けに、同社が設計した半導体を活用することも始めた。
しかし、2021年までにそうしたやり方では、GPUベースの作業より効率性が劣ることが分かったという。
また、4人の関係者は、ザッカーバーグ氏が巨大な仮想世界メタバースに軸足を移したことでコンピューターの処理能力が奪われ、TikTok(ティックトック)などのライバル台頭やアップル主導による個人情報保護強化の動きといった新たな脅威に対応するためのAI開発も出遅れてしまった、と指摘した。
このような事態について、22年初めに退社した前取締役のピーター・ティール氏は、メタを去る前の役員会でザッカーバーグ氏や他の幹部陣に対し、メタの中核的なソーシャルメディア事業に関して慢心があり、メタバースに入れ込み過ぎだと苦言を呈し、これではTikTokからの挑戦に応じる十分な態勢が取れないと警告したもようだ。
<組織再編とインフラ整備>
関係者の1人は、結局、メタはAI推論用の内製化半導体を大々的に利用する方針を撤回し、22年にエヌビディアに数十億ドル相当のGPUを発注した、と述べた。
これにより、2015年に独自のGPU開発に乗り出したグーグルなど競合他社に何段階もの差をつけられてしまった形だ。
危機感を背景にメタは、AI部門の再編にも着手。ジャナーダン氏ともう1人を責任者に任命し、十数人余りの幹部が退社するなどほぼ全面的な陣容の入れ替わりが起きたことが、リンクトインのプロフィールや関係者への取材で分かった。
次にメタが手を付けたのは、今後採用するGPUに適合させるためのデータセンターの仕様変更だった。GPUはCPUよりも電力を消費し、発熱量も大きいためだ。
ジャナーダン氏のメモなどに基づくと、各データセンターはネットワーク容量を24―32倍に拡大し、発熱を抑える新しい液体冷却設備も必要となった。
同時にメタは、GPUのようにAIの学習と推論の両方をこなせるより高性能の内製半導体の開発に着手する計画も策定し、2025年ごろに開発が完了すると見込まれている、と2人の関係者が語った。
メタの広報担当者は、データセンター建設がいったん中断され、年内に新しい設計の下で再開されると説明したが、新たな半導体計画についてはコメントを拒否した。
<チャットGPT登場で軌道修正>
もっともメタは今のところ、マイクロソフトやグーグルのような商業用の生成AI公開という面では、これといった成果を見せることができていない。
スーザン・リー最高財務責任者(CFO)は今年2月、メタは現在のコンピューター能力の大半を生成AIに振り向けておらず、基本的に同社の全てのAIは広告やフィード、短編動画機能「リール」に提供されていると認めた。
4人の関係者に聞いたところでは、メタが生成AI開発を優先するようになったのは、チャットGPTの登場以降。せっかく研究機関「フェイスブックAIリサーチ」が21年終盤にこの技術を利用した試作品を公表したにもかかわらず、それを商業用製品に落とし込む取り組みに力を入れなかったという。
ところが、投資家の生成AIに対する関心が一気に高まるとメタも軌道修正し、ザッカーバーグ氏が今年2月に新たなトップレベルの生成AI開発チーム立ち上げを発表。同氏は、これがメタの生成AI開発を「一気に加速」させると期待を示した。
アンドルー・ボスワース最高技術責任者(CTO)も今月、生成AIは自身やザッカーバーグ氏が最も時間を費やしている領域で、年内に具体的な製品が公開されるだろうと予想している。
新チームの事情に詳しい2人は、現在重点が置かれている取り組みは、多様な作業に対応できる「基盤モデル」の構築だと話す。
広報担当者も、チャットGPTの出現以来、メタの生成AI開発作業に弾みがついたと認めている。