田巻一彦
[東京 7日 ロイター] - 米景気の後退懸念が世界の市場で渦巻く中、インフレ問題で「周回遅れ」の日本で、消費者物価指数(CPI、総合)の上昇率が3%に乗せるというシナリオが現実味を帯びてきた。背景には、原油高の継続など5つの要因があると筆者は指摘したい。もし、3%の物価上昇が一定の期間継続した場合、政府・日銀の政策対応にも大きな影響を与えることになる。
<足元で加速するCPI上昇率>
5月の全国CPI(総合)は前年比プラス2.5%まで上がってきている。日銀が物価の基調判断に使用している除く生鮮食品(コア)は同2.1%、さらにエネルギーを除いたコアコアは同0.8%となっている。
ここで5月の総合と6カ月前の昨年11月の総合を比較すると1.7%上昇していることがわかる。年率換算では3.4%の上昇となる。同じように今年2月と5月と比較すると1.0%の上昇で年率換算では4.0%の上昇となる。
つまり年率換算では1年前との比較で2.5%、半年前で3.4%、3カ月前で4.0%と上昇率が加速していることがはっきりする。
政府・日銀の間では、足元の物価上昇率の高さは一時的で、いずれ低下していくとの見方がある。
だが、筆者は日本における物価上昇の動きは、多くの識者の想定を超えて長期化し、CPI(総合)の前年比は3%台に乗せる可能性が高いと予想している。以下に指摘する5つの要因の存在が、日本の物価を押し上げるとみているからだ。
<原油価格にロシアプレミアム>
1つ目は、原油価格の高止まりだ。世界経済の減速ないし後退懸念でWTIの先物価格は7日の取引で1バレル=100ドルを割り込んだが、それでも前年7月初めが70ドル台後半だったため、前年比マイナスに転じるには、価格が横ばいと仮定すると1年かかることになる。
市場の一部では原油下落予想も出ているが、米欧など西側の対ロシア制裁が長期化する見通しの下では、ロシア産原油が自由に取引できず、市場における価格は高止まりないし上昇の可能性がある。いわゆる「ロシアプレミアム」の存在が消えない限り、原油価格の大幅下落は望めないだろう。
日本における物価上昇の「火元」であるエネルギー価格の上昇に転換が見えない限り、日本のCPI(総合)はじりじりと上がり続けざるを得ない。
<ラッシュする値上げ、解けた企業の呪縛>
2つ目は企業に存在した「値上げ抵抗感」が大幅に薄れてしまったことだ。帝国データバンクの食料品を対象にした調査によると、2022年6月までに1万5257品目の値上げ実施・計画が判明し、その数はさらに増加して22年中に累計で2万品目を超える値上げが実施されると見込まれている。
モノの価格において、値上げすると販売額が減少するため「値上げはしてはいけない選択肢」だったのが、同業他社の値上げを見て「できる」と判断した企業が激増した結果とみていいだろう。企業の呪縛が解けたことで、これまでのように10年単位で価格据え置きと言った現象は過去の存在となるだろう。
<いよいよ上がり出すサービス価格>
3つ目は、サービス価格に値上げの兆候が出てきている点だ。日本のCPIでは約半分がサービス価格で構成されているが、5月全国CPIではサービスは前年比マイナス0.3%だった。財は前年比プラス5.3%だったので、サービス価格が上昇に転じるとCPIが大きく上がり出すことになりかねない。
例えば、石油製品の大幅上昇でコストが大幅に上がってきたクリーニング業では、すでに大手が値上げに踏み切っているが、消費者がより多く利用している中小のチェーン店や個人営業店では価格を維持しているところが多い。そういう店でも今年後半の値上げを計画しているところがある。
また、公営や民営のバス料金が今年秋から、JRや私鉄運賃の一部が来年春から値上げされる計画となっており、サービス価格が上がり出すと、日本のCPI上昇も加速する局面が訪れる。
<強まる円安による価格押し上げ効果>
4つ目は円安の進展だ。海外から輸入する原材料価格の上昇と円安がダブルになって輸入価格の上昇をもたらしてきたが、足元における急速な円安は価格上昇の要因としてのウエートを高めている。
企業物価指数の中の輸入物価指数を見ると、今年1月の円ベースでは前年比プラス35.2%、契約通貨ベースでは同25.7%とその差は6.09%ポイントだった。しかし、今年5月には42.2%と27.4%と差が14.8%ポイントに拡大した。差が開いた分だけ、円安による価格押し上げ効果が増大したことになる。
米連邦準備理事会(FRB)の利上げだけでなく、欧州中銀(ECB)やスイス中銀などの利上げや方針表明で、今年9月の段階でマイナス金利を採用している中銀は世界で日本だけになることがほぼ確実になった。ヘッジファンドなどにとって円を売って他通貨で運用するキャリートレードが「フリーリスク」にすら見え、円安は進展しやすくなっている。
もし、年内のどこかでドル/円が140円に接近する展開になれば、一定のタイムラグを置いて日本のCPIが押し上げられることになる。
<高まる消費者のインフレ期待>
5つ目は、消費者のインフレ期待の強まりだ。日銀が6日発表した「生活意識に関するアンケート調査」(2022年6月調査)によると、1年後の物価が「上がる」と予想する回答者は87.1%と前回3月調査の84.3%から増加し、08年6月調査(88.9%)以来の高水準となった。数値予想は平均が8.3%上昇、中央値は5.0%上昇だった。
その他のアンケート調査でも、消費者のインフレ期待は上がり出しており、先に説明した企業の値上げに対する積極姿勢と相まって、デフレ時代とは違った様相になってきている。
<どうする政府・日銀>
このように見てくると、今年後半から来年にかけてCPI(総合)の前年比上昇率が3%台に乗せる可能性がかなり高まっていると指摘したい。
また、5月全国CPIの段階で、消費者の実感に近いと言われている持ち家の帰属家賃を除く総合は前年比プラス2.9%まで上昇してきている。総合が3%になった際には、4%になっていることも予想される。
実質賃金や実質消費は、この「除く帰属家賃」のデータで算出される仕組みであり、今年後半はマイナスが連続する公算が大きくなっている。
CPI上昇のメカニズムと国民が実感する実質賃金や実質消費のマイナスに対し、政府・日銀がどのように対応していくのか──。今年後半の大きな政策課題に浮上するのは間違いないと筆者は予想する。
●背景となるニュース
・ UPDATE 2-物価「上がった」89.0%、08年9月以来の高水準 暮らし向きに影響=日銀アンケート
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