[ワシントン 23日 ロイター] - ホワイトハウスと議会を握った以上、2000年から140%も膨張した国防費を抑制し、不遇だった社会福祉関連の支出を増やす機会が訪れた――。米民主党内ではこうした意見が多数派だった。ところが、ウクライナにロシアの戦車がなだれ込み、米国防費を大幅に拡大させる圧力になりつつある。しかも、それは単年度に限った話ではない。
民主党のティム・ケーン上院議員は、国防費圧縮の取り組みについて「世界が味方になってくれなかった」と嘆いた。
米議会が今月可決した2022会計年度予算案には、国防費の6%近い増額が盛り込まれた。昨年8月にバイデン大統領が、20年間にわたって関与してきたアフガニスタンから軍を撤退させたにもかかわらず、国防費は今後も増え続ける見通しだ。
ケーン氏は、その理由としてロシアと中国の双方が懸念要素だと説明する。ロイターに「主たる脅威は非国家的テロリストから国民国家、しかも2つの大国に移行し、相当な投資と投資先の一部振り替えが必要になるだろう」と語った。
これまでも米連邦議会において、国防予算の削減は常に達成が難しかった。強大な軍備は、伝統的に超党派の賛成が得られる分野で、最先端技術と多数の雇用を抱え、多額の政治献金を行っている防衛産業の影響力も大きいからだ。
バイデン政権は発足1年目に、国防費を基本的に前年度比横ばいとする予算案を提示。だが、米連邦議会はロシアがウクライナに侵攻する前でさえ、国防費増額を支持している。
下院軍事委員会のアダム・スミス委員長(民主党)は、肥大化したと考えていた国防予算の圧縮を望んでいたが、今月のアメリカン・エンタープライズ研究所における講演で、情勢は一変したと認めた。「ロシアのウクライナ侵攻で、米国の国家安全保障を取り巻く環境と、そうした環境下で必要なものが根本から変わり、それはより複雑で、より高くつくようになった」と強調した。
そして、ロシアの野心を巡る最も差し迫った不安が収まったとしても国防費は増え続ける、というのが専門家や議員、議員の側近らの見方だ。
中道左派系シンクタンク、サード・ウェイの国家安全保障プログラム担当ディレクター、バレリー・シェン氏は、国防費拡大推進派の声をこう代弁する。「危機を決して無駄にしてはならない。常に欲しがっている政治的な立場を獲得する根拠として役立てろ」──と。
<防衛力の恒久的強化>
米政府は、抵抗を続けるウクライナや、ロシアの脅威に最もさらされている同盟諸国を支援するという面からも、国防費を増やし続けるとみられる。
戦略国際問題研究所(CSIS)の国防予算アナリスト、トッド・ハリソン氏は「米国は欧州での足場を拡大していく可能性がある」と語り、それは防衛力の恒久的な強化か、一時的な配備かどちらも考えられるとの見方を示した。
バイデン氏は28日、2023会計年度予算案を発表する予定。国防費は8000億ドルを突破する見込みで、新型コロナウイルスのパンデミックに伴うサプライチェーン(供給網)の混乱と売上高の落ち込みに見舞われた米防衛業界にとって、業績面での追い風となりそうだ。
上院歳出委員会で共和党最有力議員のリチャード・シェルビー氏は、ウクライナ情勢が流動的な点からすると、現時点で議会が承認する国防費の総額を把握するのは時期尚早だと発言。それでもロイターの取材に対して「自由のために戦っている人々を断じて見捨てるべきではない」と強調した。
防衛企業株で構成するダウ・ジョーンズ米防衛指数は、ロシアがウクライナに侵攻した2月24日以降、14%弱上昇している。連邦政府から発注を受ける防衛企業の最大手クラスとして挙げられるのは、ロッキード・マーチンやレイセオン・テクノロジーズ、ボーイング、ノースロップ・グラマン、ゼネラル・ダイナミクスなどだ。
一方、過去1年間にわたって民主党指導部に対し、気候変動対策や低所得層の子育て支援、高齢者向け医療といった国防以外の優先分野にもっと支出してほしいと迫ってきたのが党内の左派グループだ。彼らは国防費圧縮について楽観はしていないが、その努力をやめるつもりはないと言い切る。
下院の本会議における法案審議手続きを決める権限を持つ規則委員会のジム・マクガバン委員長(民主党)は、ウクライナを支持するものの、いつまでも国防費が拡大することには賛成できないと述べた。マクガバン氏は、党内左派グループ「プログレッシブ・コーカス」の一員でもある。
同氏は先週、ウクライナのゼレンスキー大統領が米議会向けに行った演説の後に「民主党の人々に国防費全般へより厳しい目を向けさせたい。これは現在起きている(ウクライナの)問題とは別の話だと思う」と語った。
(Patricia Zengerle記者、Richard Cowan記者)