■自由貿易主義に経済安全保障のタガをはめる
バイデン大統領が主導する「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)立ち上げが表明された。中国を意識した通商枠組みであり、参加国が半導体などサプライチェーン(供給網)について情報を交換し有事には協力して対応するとしている。
その中国は「特定の国を排除するなら正しい道を外れている。米国がなすべきことは自由貿易のルールに従って行動することだ」(王毅外相)と牽制している。
いわば、IPEFは中国外しの経済圏構想であり、サプライチェーンに経済安全保障のタガがはめられている。有事となれば、中国とのサプライチェーンは遮断される。あるいは、平時においても中国とのサプライチェーンは見直され、極端な依存関係は是正される方向とみられる。
自由貿易主義は、米ソ冷戦終了後に戦争がないことを前提に世界を覆った経済システムである。冷戦時には、中国は国を閉鎖しており、入国することさえ困難だった。冷戦が終わって米欧、それに日本などが中国の安い労働力を狙ってサプライチェーンに組み込んでいった。労働力だけではない。人口の多さは巨大なマーケットを意味するから、魅力はそれなりに十分だった。
中国は急速に台頭して大国化したのは、まさしく自由貿易主義の賜物によるものである。大国になるのは悪いことではないが、共産党独裁は一切変えず、言論の自由など民主主義は根付いていない。チベット、ウイグル弾圧、そして南シナ海や東シナ海では現状変更に強硬である。台湾有事も懸念されている。「大国主義」の悪弊に傾き始めている。
■ウクライナ侵攻は「サプライチェーンの戦争」
ロシアのウクライナ侵攻はもう3カ月になろうとしている。ウクライナ侵攻は、自由貿易主義下で行われている戦争である。それぞれのサプライチェーンが組み込まれており、それが武器になり、弱みにもなっている。
ロシアは、ドイツなど欧州諸国に原油、天然ガスを供給している。欧州諸国はロシアの原油、ガスのサプライチェーンに依存している。ロシアは欧州諸国にルーブル下落を妨げるためにルーブルを調達して支払えという策に出ている。当然ながら独仏とも拒否している。
米欧、日本は、半導体など電子部品、機械部品のロシアへの輸出規制を行っている。ロシアへの半導体など電子部品のサプライチェーンは遮断されている。ロシア軍戦車には、食器洗い機、洗濯機といった家庭用家電製品用の半導体が転用されているというのも部品不足によるものだ。電子部品、機械部品、バッテリーなど用品が欠ければ、戦車は動かない。電子部品、機械部品がなければ、継戦は困難になる。
金融というサプライチェーンも規制され、ロシア国債はデフォルトに晒されている。ロシアは原油、ガスで戦費を賄っているが、少なくともドル建て、ユーロ建て国債で戦費調達は不可能になっている。企業、あるいは資本というサプライチェーンもマクドナルド、ルノーを筆頭にロシアから撤収している。ロシアのウクライナ侵攻は、いわば自由貿易主義下に築かれた「サプライチェーンの戦争」にほかならない。
■「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)で中国に楔を打つ
中国にとって、ロシアのウクライナ侵攻は有利なのか不利なのか。それなりに議論されて「中国には漁夫の利」という見方がほとんど多数だった。米国がウクライナ支援に集中する余り中国まで手が廻らない。ロシアが優勢ならば、米国は中国、ロシアという「二正面作戦」が避けられない。ロシアが劣勢なら、中国はロシアを配下に置くことになる、と。
しかし、必ずしも中国に有利に働いているとはいえない。ウクライナ東部の「ドンバス決戦」でもロシアの劣勢は隠しようもない。しかも「サプライチェーンの戦争」では、長期化すればロシアにはマイナス材料ばかりである。現状では、ロシアが勝ったことに盛って、プーチン大統領に花を持たせて停戦・和平するというシナリオさえも大きく後退している。
仮にロシアが勝ったとお土産を持たせれば、ロシアはまた同様の侵攻を繰り返すことになりかねない。それに何よりロシアには盛り込むほどの戦果がない。ウクライナに侵攻したロシア軍は兵員・装備の3分の1を喪失しているという敗北説が有力である(英国防省)。ロシアは他国への侵略という暴挙に走り、衰退・衰亡に向かうことになりかねない事態に陥っている。
台湾有事の場合、中国としては米欧、日本の「サプライチェーンの戦争」を覚悟しなければならない。中国はせっかく自由貿易主義で繁栄したわけだが、サプライチェーンが遮断されれば繁栄の基盤が失われる。そのひな形がロシアのウクライナ侵攻にほかならない。バイデン大統領が主導する「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)は、繁栄の基盤であるサプライチェーンに楔を打ち込んだ格好になる。
(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)