[ハリコフ(ウクライナ) 4日 ロイター] - ウクライナ東部ハリコフに1人で暮らすオルガ・コブザールさん(70)は、ロシア軍の砲撃を受けて廃墟と化した団地の1室で、間もなく訪れる厳しい冬を乗り越えようとしている。自宅は電気も水道もセントラルヒーティングも使えず、台所のガスコンロで暖をとる。
コブザールさんが住むのはロシア国境から30キロほどのサルティウカ地区。冬の気温は氷点下20度まで下がり、当局はここ数十年で最も厳しい冬になると警告している。
この団地に残っているのはコブザールさんたった1人。近隣の住戸は砲撃を受け、炎に包まれた。彼女は自宅の損傷こそ免れたが、基本的なライフラインは失われた。
「ここを離れるなんて、とんでもないわ」と話すコブザールさんは、古い本が並ぶ本棚と夫の肖像画を見遣った。自分の安全は亡き夫が守ってくれると信じている。
ウクライナは7カ月にわたる戦火がエネルギー供給網と住宅地域に大きな被害をもたらした。当局は冬の訪れを前に、ロシアが重要なインフラを狙い撃ちするのではないかと危惧。市民に薪から発電機まであらゆるものを備蓄するよう呼びかけている。
ハリコフのテレホフ市長は「なす術がない。ミサイルがどこに落ちるか、何が破壊されるか次第だ。侵略者はわれわれに寒くて暗い冬を過ごさせようとしている」と話した。
<広がる懸念>
都市部の住宅地は、天然ガスを燃料とする発電所によるセントラルヒーティング設備を備えている。しかし窓や壁が破壊された団地ではパイプが凍結し、その地域のセントラルヒーティング設備が破損する恐れがある。
ロシアの侵攻で被害を受けた建物や家屋は5万棟で、国内にある数千の暖房施設のうち大規模なものを含め350カ所が被害を受けたと、当局者が3日、明らかにした。
コブザールさんの住宅からわずか数ブロックのところでは神父のヴィアチェスラフ・コユンさんが、近くに住む高齢者が暖房を使えるよう割れた窓をふさぐ手伝いをしている。
「みんな不安で、ほとんどの住民が去った。1棟に5人ほどしか住んでいない。大半は年金生活者だ。年金暮らしの人を残して引っ越すことはできなかった。それは正しいことではない」とコユンさん。
セントラルヒーティングに障害が発生した場合には電力が頼りになるため、多くの市民が電気式の暖房器具を購入した。しかし専門家によると、市民が一斉に電気の暖房器具を使用すれば、電力供給がひっ迫する可能性がある。
エネルギー省は戦時中だとしてインフラの状況に関する詳細なデータ公表を控えている。おそらくパニックを起こさないようにするためだ。ただ当局は1日、珍しくインフラの被害について発表を行い、9月下旬のロシアの攻撃で南部の2つの変電所が「完全に破壊された」と明らかにした。
<甚大な被害>
先週、ロシアのミサイルが発電施設を攻撃した後、ハリコフの一部地域は数時間にわたり暗闇に包まれた。こうした事態に陥ったのは先月だけで少なくとも2回あった。
ハルシチェンコ・エネルギー相は先月、ロイターのインタビューで、「これまでにエネルギー網が被った損害は甚大だ」と述べた。
戦争の惨禍からほとんど無縁の西部の都市リビウでさえ、混乱に備えて薪を備蓄するよう市長が市民に呼び掛けている。
2015年にロシアからのガス購入を停止し、現在は欧州各国から購入しているウクライナは、西部の施設に天然ガスを貯蔵している。
アナリストによると、西側諸国との対立を激化させているロシアがウクライナ経由の天然ガス輸送を停止した場合、ウクライナは天然ガスパイプラインの圧力を維持し、全地域にガスを供給するのが困難になる恐れがある。
キエフ郊外に住むハリナ・サチェンコさん(76)はガスが供給されるのか不安に感じている。この地域はここ数カ月、ミサイルの攻撃を受けていない。
「薪を買ったけど、長期間使うには足りない。1990年代初頭には石炭を燃やしていたが、最近は石炭も買えない」と、サチェンコさん話す。
一方、ハリコフに住むコブザールさんには寒さよりももっと大きな心配事がある。「霜が降りて寒くなれば、誰かのところに泊まればいい。一番大事なのは息子が元気で、生きて帰ってきてくれること。それ以外は何もいらない」
(Tom Balmforth記者、Pavel Polityuk記者)