[5日 ロイター] - 看護師のクリス・プロットさんは、新型コロナウイルスの感染が急拡大していたときにミルウォーキー退役軍人病院の集中治療室(ICU)で働いた体験を語ると、膝が震え、心臓がどきどきして口が乾き、当時のつらい記憶がフラッシュバックする。
自身が長年ケアしてきた多くの退役軍人と同じ苦しみ、つまり心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状だ。
プロットさんは、ロイターの取材に応じた6人のICUスタッフのうちの1人。汗をかいて悪夢から目が覚める、恐怖が充満していたパンデミック初期の患者の死がフラッシュバックする、怒りが爆発する、医療アラームの音でパニックに陥るなどの症状がある。こうした症状が1カ月以上続き、日常生活に支障をきたすほど深刻な場合にPTSDと診断される。
米国などの国々は医療従事者のPTSDの研究を始めているが、そうした中で急増するデルタ株が、新たなトラウマ(心的外傷)を生み出している。
PTSDは戦闘との関係で語られるが、自然災害や虐待などのトラウマを抱えた一般人も発症することがある。
しかし、医療従事者は自分の経験が帰還兵と同じだとみなすことに抵抗を感じている。プロットさんは「これをPTSDと呼ぶと自分が間抜けのような気がする」と話した。「本当にPTSDを患っている人々を見ているので、誰かに相談できるようになるまで、ずいぶん時間がかかった。あれに比べれば自分の経験は取るに足りないから、自分もPTSDだと考えることには罪悪感がある」と言う。
だが、精神科医であるベッセル・ヴァン・デル・コーク博士の見解は異なる。「表面的に見れば、地域の病院で働く看護師はアフガニスタンから戻ってきた人とは、似ても似つかないだろう。しかし、根底にある、神経生物学的に規定された核となる作用は同じだ」と述べる。
パンデミック前の調査によると、第一線で働く医療従事者のPTSDの割合は10%から50%。また、医師の自殺率は一般の2倍以上だった。
米国医師会(AMA)はパンデミックの影響調査にあたり、軍の心理学者と退役軍人省(VA)国立PTSDセンターに支援を求めた。
テキサス工科大ヘルスサイエンスセンターの精神科医、フセイン・バヤジット博士らの研究チームによると、昨年秋にトルコの医療従事者1833人を対象に実施した調査では、PTSDの発症率は医師以外が49.5%、医師が36%。自殺を考えた人の割合は、新型コロナ担当部門での作業時間が長いほど増えた。
調査結果は、今年5月に米国精神医学会で発表された。
労働組合は、各看護師が受け持つ患者の数を全国的に制限してトラウマを軽減する必要があり、労働者は治療、投薬、その他の費用支払いを免除されるべきだと訴えている。
AMAなどの団体は、メンタルヘルスのサービスを求める医師について、守秘義務を強化するよう求めている。ロイターの取材でPTSDについて話したICUスタッフのほとんどは、職場への影響を恐れて匿名を希望した。
ニューヨークのマウントサイナイ病院やシカゴのラッシュ大学病院は、秘密を厳守する無料のメンタルヘルスサービスを提供している。
<自分で乗り越える>
AMAのクリスティン・シンスキー副会長によると、米国では2年間に約5000人の医師が燃え尽き症候群で辞めている。そのコストは、欠員による収入減や新規採用費用を含めて年間で約46億ドルに上る。
米厚生省は今年3月に実施した病院の調査結果を受け「人員不足が患者のケアに影響し、疲労やトラウマがスタッフの精神的な健康を悪化させている」と警告した。
外科医のカリ・ジャーゲ氏は昨冬の感染拡大の際、フェニックスの新型コロナ病棟でボランティアとして働いた。デルタ株の感染拡大後に、高額の報酬でICUに戻らないかと声を掛けられたが断った。
他の人には「自分の身を守る」ことを優先するよう勧めているが、専門知識が失われることを懸念している。「ICUで20年間働き、患者に何か問題が起きたときには、直感でわかる看護師の価値は計り知れない」と言う。
ICUでは、戦場で培われるような仲間意識が育まれる。南カリフォルニアの新型コロナの看護師グループは、お揃いのタトゥーを入れた。医療従事者たちは、過酷な勤務の後に泣きながら帰宅する同僚に心を寄せ、ソーシャルメディアで支えあい、同僚に助けを求めるよう働きかけたりする。
看護師のプロットさんは「そのように感じるのは、悪いことじゃない。でも、自分で乗り越えるしかない」と話した。
(Lisa Baertlein記者)