[チェンナイ(インド) 9日 トムソン・ロイター財団] - インドの工業都市、アーメダバード近郊にある生地プリント工場。ナジェンドラ・ヤダブさん(32歳)は長年、この息苦しい職場でシャツも着ずに働き続けてきたが、この夏の熱波はさすがにお手上げだ。
5月には気温が40度を超える日々が2週間以上も続き、その後も猛暑はほとんど収まっていない。扇風機もエアコンもない職場は「かまど」と化したと、ヤダブさんはトムソン・ロイター財団の電話取材で語った。
「私たちの忍耐は日々試されている」とヤダブさん。「工場オーナーの執務室にはエアコンがあるのに、私たちが働いている工場のフロアには扇風機さえない。シフトは12時間。中には病気になったり休んだり、給与を失ったりする者もいるが、結局、ここに戻ってくる。他に選択肢がないから」と話す。
インドではこの夏、多くの都市の平均気温が100年近く前に記録した過去最高記録を塗り替え、地元当局は何度も熱波警報を発している。
産業革命前に比べて世界の平均気温が摂氏1.2度ほど高くなった今、南アジアをこうした熱波が襲う確率は30倍に上がったと科学者らは分析している。
国連の支援を受ける組織「サステナブル・エナジー・フォー・オール(SEforALL)」は先月公表した報告書で、インドでは3億2300万人が極度の熱波と冷房設備の不足によって、高いリスクにさらされていると指摘した。
数百万人に上るヤダブさんのような労働者は、息苦しい小屋のようなところで操業する零細メーカーや、ろくな換気設備も扇風機もウォータークーラーも無い古いビルで汗を流している。
労働組合によると、コロナ禍で経済が打撃を被ったため、メーカーは暑さ対策に投資する余裕がさらになくなる一方、労働者はノルマ達成のために勤務時間が長くなり、熱波により健康リスクが高まって休職に追い込まれる者も多数いる。
しかも、気温の上昇によって工業都市で停電が多発するようになった。グジャラート州にある中央工業労働組合(CITU)のアルン・メータ総書記は「工場で製造がストップして勤務時間が減ると、給与もカットされる。疲労、病気、無休、絶望がまん延している」と嘆いた。
<対策を求める声>
全国災害管理局(NDMA)は、インド28州のうち23州と約100の都市・地区を「極端な高温のリスク」がある場所に分類した。
19州は既に独自の熱波対策プランを策定し、他の州もこれに追随しようとしている。NDMAは飲料水の備え付けや勤務時間の変更といった指針を発行した。
しかし、労組や活動家は、指針は当たり前の内容であり、工場に労働環境の検査が入らないことが問題だと批判する。
移民労働者を支える共同組織アージービカ・ビューローの幹部、マヘシュ・ガジェラ氏は「労働者の休憩室やウォータークーラー、午後の休憩時間などが設けられていないことについて、われわれは一貫して問題提起してきた」と言う。
だが「労働当局者や地域行政は、暑さ対策プランは勧告に過ぎないため、強制執行はできないと言う。工場内部は機械によってさらに温度が上がり、労働者は苦しんでいる」とガジェラ氏は語った。
米シカゴ大学エネルギー政策研究所の2018年の調査では、10日間の平均気温が1度上がると、工場労働者の欠勤確率は最大5%高まることが分かっている。
<太陽光発電に補助を>
この夏は猛暑でエアコンの使用が増え、電力需要が急増。電力不足が広がる中、多くの州は家庭向けの電力供給を優先し、工業拠点の停電時間を長くしている。
多くの企業は代替的な電源を持たず、停電の間は電力を一切断たれてしまう。一部企業からは、ソーラーパネルなどの取り付けに政府が補助を出すよう求める声も上がっている。勤務開始時間を早め、労働者が猛暑の午後に休めるようにする対策も検討されている。
今のところ、ほとんどのインド国民はモンスーンが来て気温が下がるのを待っている。生地プリント工場で働くヤダブさんの願いは、とりあえず工場に扇風機が設置されることだ。「扇風機と冷たい水があれば助かる。大きな変化には何年もかかるかもしれないが、まずはそこからだ」──。
(Anuradha Nagaraj記者)