[東京 12日 ロイター] - 東京工業大学工学部3年の加藤優奈さんは、今年の「鳥人間コンテスト」での優勝を目指し、サークル仲間と人力飛行機の製作に没頭している。「好きな機械はワイヤー放電加工機」と語る加藤さんは、将来は研究者を志している。ただ同時に、子供を授かれば長く続けるのは難しいかもしれないという不安も抱えている。
家族や親せきは、加藤さんが英語で「STEM(サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マスマティクスの頭文字)」と呼ばれる理工系の職業に就くことを心配しているという。理工系業界は忙しく、仕事と恋愛や家庭との両立が難しいため、結婚相手を見つけるのに苦労する、という思い込みが背景にあるようだ。 「祖母や母は『子供を育てたかったら理系以外の仕事も沢山ある』と言ってくる」と加藤さんは話す。
加藤さんは大学まで工学の勉強を続けることがてきたが、中には社会的偏見に直面し、進路を変えてしまうエンジニア志望の女性も多い。これは日本にとって深刻な頭痛の種だ。国内では2030年までに、IT業界だけで79万人の労働者不足が見込まれており、その大きな要因の1つに深刻な「女性人材の不足」が挙げられる。
イノベーションや生産性、競争力を誇り、過去1世紀で世界第3位にまで経済力を成長させてきた日本にとって、理工系業界の女性不足はこうした強みの弱体化につながると、専門家らは警鐘を鳴らす。
「日本にとってとても不経済で、国家的損失だ」と分子生物学で博士号を持つ中国の教育者、李一諾氏は言う。李氏は今年、米玩具大手マテル (O:MAT)からSTEM分野の女性ロールモデルの一人に選ばれ、そっくりのバービー人形が製作された。
「ジェンダーバランスを欠いた技術には、死角や欠陥が生じてしまう」
李氏は3児の母で、1カ月間の文化交流プログラムで日本に滞在している。
<アンコンシャスバイアス>
経済協力開発機構(OECD)の2018年の学習到達度調査(PISA)によれば、日本の女子学生は数学的リテラシーでデータ対象国中2位、科学的リテラシーでは同3位だった。しかし、大学の学士過程ではエンジニアリングや工学、建築を専攻する女子生徒は16%しかおらず、OECD加盟国の中で最も少ない。女性科学者は全体の7分の1だ。
総合的な男女平等の評価においても、日本は今年、過去最低を記録した。
日本政府は、ジェンダー間格差を是正する対策に本腰を入れつつある。
複数の大学が今年、STEM教育分野での学士過程入試で女子学生に限定した女子枠を導入するという政府の要請に応じた。加藤さんの通う東工大を含め、数十の大学が来春の新年度に合わせて追随する予定だ。
これは、日本にとっては大きな変化だ。国内では2018年、東京医科大学が入学試験で男子を優先的に合格させるため、少なくとも約10年間にわたって女性受験者の点数を一律に減点していたことが明らかになっている。大学側は当時、女性は出産とともに離職する可能性がより高く、教育が無駄になってしまうと考えたと説明した。
こうした意識を変えるべく、政府は3月、教育者や保護者らを対象にしたおよそ9分半の動画を公表した。複数の事例をもとに、女子学生が理工系進路を選択することを阻害し得る「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)」について説明している。
動画では、教師を演じる俳優が学生に対して「女の子なのに数学ができるなんてすごい」と褒めるシーンが一例として挙げられている。女子学生はこの発言後、数学が得意な女性は「普通ではない」と感じたと話した。また、「男性ばかりの職場だから」という理由で母親が娘に工学部への進学を諦めさせる様子も描かれている。 内閣府男女共同参画局は今夏、民間企業と協力して100件以上の理工系ワークショップなどの開催を予定しており、その多くは女子学生を対象としたものだ。中にはマツダ (T:7261)のスポーツカーエンジニアから開発を学ぶイベントもあるという。
<多様性なくしてイノベーションは生まれず>
三菱重工 (T:7011)やトヨタ (T:7203)などの企業や教育機関では、有能な人材を育成するため、理工系の女子学生に対する奨学金制度も開始している。
「世の中の人員構成としては半分半分だから、女性エンジニアが極端に少ないのは不自然」と三菱重工人事部の谷浦稔氏は指摘する。
「顧客との関係や市場のニーズ考えると、社内もマーケットと同じような構成に近くなければ需要に近い開発などが進められないと思う」
パナソニック (T:6752)でも、女性の視点を持つことによる利益を見出している。例えば、パン焼き機の欧州仕様機種の開発にあたり、上級エンジニアの依田香子氏が市場調査で寄せられた現地の女性たちの視点を取り入れ、人気機種の開発につなげることができたという。
ただ、こうした成功談はまれなケースだ。東工大の井村順一副学長は、多様性の欠如による損失はすでに表面化していると話す。
「イノベーションの源泉は、多様性にある。しかし、1990年以降の数十年は、本学も日本全体においても、技術のイノベーションが本当に行われてきたのかと考えると、現状を見る限り非常に否定的な見方しかできない」と井村氏は言う。
「2050年までを見据え、今何をしないといけないのか、皆で考えなければいけない時だ」
(勝村麻利子、佐古田麻優 取材協力:Rocky Swift、金昌蘭 翻訳:大澤優花)