プーチン大統領は4月21日、ウクライナ南部要衝都市マリウポリの掌握を報告したロシアのショイグ国防相に対し、マリウポリへの攻撃の中止・封鎖を命じた。
しかし、いまだその攻撃は中止されておらず、マリウポリのアゾフスタリ製鉄所には、現在も民間人を含む約2000人が立てこもっている模様だ。
製鉄所の地下で生活する民間人の様子は幾度と無くSNSに投稿されている。
ロシアとウクライナの双方が「民間人を人質としている」との批判を繰り返し、2か月にも続く戦闘の結果、多くの民間人が犠牲となってしまった。
● 日本が攻撃された時、国民はどう保護される?
の記事では、日本における「民間人保護」は地方自治体の任務であることを強調した。
2021年10月1日時点では、日本の各県で「民間人保護」の計画が策定されている。
しかし、今回ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにした私たちは、もう一度「現在の保護計画のままで本当に危機に対応できるのか」を考える必要が出てきたのではないだろうか。
欧州と地続きのウクライナと、海に囲まれた島国である日本を単純に比べることはできないが、日本でも大規模な地上戦闘で多くの民間人が被害に遭ったことがある。
それは、太平洋戦争末期にあった沖縄戦だ。
● 沖縄戦、民間人は「守るためだけの存在」ではなかった
総務省の資料によると沖縄戦の戦没者数は約20万人で、そのうち民間人は約94000人とほぼ半数を占めている。
また、学生約2000人が日本軍の補助要員の「学徒隊」として招集されており、その半数が犠牲となった。
沖縄戦で海軍根拠地隊司令官を務めた大田實海軍少将は、玉砕前に海軍次官あての電報で、沖縄県民が一丸として戦ったことの細部を述べるとともに「沖縄県民斯く戦えり。
県民に対し、後世特別のご高配を賜らんことを。
」という言葉を残している。
この言葉からも、沖縄戦において民間人は必ずしも「守るためだけの存在」ではなかったことがわかる。
戦後、軍が多くの民間人の命を犠牲にしたことは批判され続けてきた。
しかし、民間人でありながらも、自ら戦いに身を投じた人間がいたこともまた事実である。
現在、ウクライナでも多くの民間人が銃をとり戦闘に参加している。
もちろん、十分な訓練を積んでいない民間人の戦闘への参加が効率的なのかという問題はあるが、彼らは戦闘補助として戦いの一翼を担っているのだ。
● 民間人も戦闘に参加するかもしれない
集団的自衛権を行使する場合、日本有事の際に国民を守る措置を定めた国民保護法がある。
そこで制定されている国民保護計画には、上述したような視点がまったく欠けている。
東京都の国民保護計画では、事態を「武力攻撃」と「大規模テロ」の2つに区分し、それぞれに事態類型を示している。
たとえば、「武力攻撃事態」には「着上陸侵攻」、「ゲリラ・特殊部隊による攻撃」、「弾道ミサイル攻撃」および「航空攻撃」の4類型がある。
都の避難指示に従って避難場所に避難し、それ以外の場合には、自らを守る行動をとったうえで自主的に避難するという計画だ。
いずれの場合も行きつく先は避難所であり、そこには、民間人がボランティアとして戦いを支えるかもしれないという視点はない。
● 日本に「攻撃を逃れられる避難所」は皆無
国民保護計画において内閣府が指定している避難場所は、防災センターや公民館、小学校などだ。
これは「大規模災害」の避難場所と同じ。
つまり、「大規模災害」と「武力攻撃事態」が同じ避難場所になっており、そこには「武力攻撃事態下で相手の攻撃に耐えられるか」という視点がないのだ。
ロシアがウクライナに侵攻してからというもの、ウクライナ国民はアパートの地下や地下鉄駅などの堅牢な建物に避難し、砲撃やミサイル攻撃から逃れてきた。
しかし、現在日本で指定されている避難所はとても敵からの攻撃に耐えられるとは思えない。
NPO法人日本核シェルター協会によると、核シェルターの普及率はスイスとイスラエルが100%、アメリカ82%、イギリス67%に対し、日本はわずか0.02%だった。
東京には地下鉄の駅が多いという声もあるかもしれないが、空調設備や食料等の備蓄は不十分。
つまり、日本の武力攻撃事態における避難所は皆無と言ってもよいのである。
● 日本でも「1万人以上の大規模訓練」が必要
次に指摘できるのは「現在行われている訓練が役に立つのか」という点である。
現在、日本の自治体の多くは国民保護法に基づく訓練の実施を義務付けているが、実際に実施されてきたどの訓練も想定は「大規模テロ」だ。
たとえば、東京都はこれまで8回の訓練を実施しているが、写真を見る限りとても大規模とは言えない。
また、埼玉県は500人程度で年1回の頻度で実施している。
しかし、武力攻撃事態における大規模な避難をスムーズに実施するための事前訓練ではなく、やりやすい内容の訓練をやりやすい規模で実施していると言わざるを得ない。
毎年訓練することは難しいかもしれないが、参加者1万人以上の大規模訓練をつうじてノウハウ蓄積を図り、計画の実効性を確認する必要があるだろう。
● 島国の日本では、海外へ避難できない
国民保護を考えるときは、その国の国民性や地理的特性を考慮する必要がある。
日本が外国から攻撃されたとき、国民が中国やロシアへ避難することは考えづらく、紛争の初期段階では国内避難が主とならざるを得ないだろう。
そして、「どこにどの程度の武力攻撃事態用避難施設を作るか」や「避難所までどのように誘導するか」、「避難誘導のためにボランティアをどう活用するか」、「日本を守るために自衛隊に協力したい人をどのように受け入れて活用するか」などについて、地に足をつけて議論し、具体的な準備を進めていかなければならない。
ウクライナにおける民間人の被害は日々クローズアップされている。
しかし、単にその非人道性のみをあげつらっても得るところは少ない。
これを機に自らの態勢を見直すべきだ。
私たちは、「民間人を守ること」が「自らの国を守り、同時に、戦後の復興を支える基盤となる国家のレジリエンスを支えるための活動であること」を理解しなければならない。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。
護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。
退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。
2021年から現職。
写真:ロイター/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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しかし、いまだその攻撃は中止されておらず、マリウポリのアゾフスタリ製鉄所には、現在も民間人を含む約2000人が立てこもっている模様だ。
製鉄所の地下で生活する民間人の様子は幾度と無くSNSに投稿されている。
ロシアとウクライナの双方が「民間人を人質としている」との批判を繰り返し、2か月にも続く戦闘の結果、多くの民間人が犠牲となってしまった。
● 日本が攻撃された時、国民はどう保護される?
の記事では、日本における「民間人保護」は地方自治体の任務であることを強調した。
2021年10月1日時点では、日本の各県で「民間人保護」の計画が策定されている。
しかし、今回ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにした私たちは、もう一度「現在の保護計画のままで本当に危機に対応できるのか」を考える必要が出てきたのではないだろうか。
欧州と地続きのウクライナと、海に囲まれた島国である日本を単純に比べることはできないが、日本でも大規模な地上戦闘で多くの民間人が被害に遭ったことがある。
それは、太平洋戦争末期にあった沖縄戦だ。
● 沖縄戦、民間人は「守るためだけの存在」ではなかった
総務省の資料によると沖縄戦の戦没者数は約20万人で、そのうち民間人は約94000人とほぼ半数を占めている。
また、学生約2000人が日本軍の補助要員の「学徒隊」として招集されており、その半数が犠牲となった。
沖縄戦で海軍根拠地隊司令官を務めた大田實海軍少将は、玉砕前に海軍次官あての電報で、沖縄県民が一丸として戦ったことの細部を述べるとともに「沖縄県民斯く戦えり。
県民に対し、後世特別のご高配を賜らんことを。
」という言葉を残している。
この言葉からも、沖縄戦において民間人は必ずしも「守るためだけの存在」ではなかったことがわかる。
戦後、軍が多くの民間人の命を犠牲にしたことは批判され続けてきた。
しかし、民間人でありながらも、自ら戦いに身を投じた人間がいたこともまた事実である。
現在、ウクライナでも多くの民間人が銃をとり戦闘に参加している。
もちろん、十分な訓練を積んでいない民間人の戦闘への参加が効率的なのかという問題はあるが、彼らは戦闘補助として戦いの一翼を担っているのだ。
● 民間人も戦闘に参加するかもしれない
集団的自衛権を行使する場合、日本有事の際に国民を守る措置を定めた国民保護法がある。
そこで制定されている国民保護計画には、上述したような視点がまったく欠けている。
東京都の国民保護計画では、事態を「武力攻撃」と「大規模テロ」の2つに区分し、それぞれに事態類型を示している。
たとえば、「武力攻撃事態」には「着上陸侵攻」、「ゲリラ・特殊部隊による攻撃」、「弾道ミサイル攻撃」および「航空攻撃」の4類型がある。
都の避難指示に従って避難場所に避難し、それ以外の場合には、自らを守る行動をとったうえで自主的に避難するという計画だ。
いずれの場合も行きつく先は避難所であり、そこには、民間人がボランティアとして戦いを支えるかもしれないという視点はない。
● 日本に「攻撃を逃れられる避難所」は皆無
国民保護計画において内閣府が指定している避難場所は、防災センターや公民館、小学校などだ。
これは「大規模災害」の避難場所と同じ。
つまり、「大規模災害」と「武力攻撃事態」が同じ避難場所になっており、そこには「武力攻撃事態下で相手の攻撃に耐えられるか」という視点がないのだ。
ロシアがウクライナに侵攻してからというもの、ウクライナ国民はアパートの地下や地下鉄駅などの堅牢な建物に避難し、砲撃やミサイル攻撃から逃れてきた。
しかし、現在日本で指定されている避難所はとても敵からの攻撃に耐えられるとは思えない。
NPO法人日本核シェルター協会によると、核シェルターの普及率はスイスとイスラエルが100%、アメリカ82%、イギリス67%に対し、日本はわずか0.02%だった。
東京には地下鉄の駅が多いという声もあるかもしれないが、空調設備や食料等の備蓄は不十分。
つまり、日本の武力攻撃事態における避難所は皆無と言ってもよいのである。
● 日本でも「1万人以上の大規模訓練」が必要
次に指摘できるのは「現在行われている訓練が役に立つのか」という点である。
現在、日本の自治体の多くは国民保護法に基づく訓練の実施を義務付けているが、実際に実施されてきたどの訓練も想定は「大規模テロ」だ。
たとえば、東京都はこれまで8回の訓練を実施しているが、写真を見る限りとても大規模とは言えない。
また、埼玉県は500人程度で年1回の頻度で実施している。
しかし、武力攻撃事態における大規模な避難をスムーズに実施するための事前訓練ではなく、やりやすい内容の訓練をやりやすい規模で実施していると言わざるを得ない。
毎年訓練することは難しいかもしれないが、参加者1万人以上の大規模訓練をつうじてノウハウ蓄積を図り、計画の実効性を確認する必要があるだろう。
● 島国の日本では、海外へ避難できない
国民保護を考えるときは、その国の国民性や地理的特性を考慮する必要がある。
日本が外国から攻撃されたとき、国民が中国やロシアへ避難することは考えづらく、紛争の初期段階では国内避難が主とならざるを得ないだろう。
そして、「どこにどの程度の武力攻撃事態用避難施設を作るか」や「避難所までどのように誘導するか」、「避難誘導のためにボランティアをどう活用するか」、「日本を守るために自衛隊に協力したい人をどのように受け入れて活用するか」などについて、地に足をつけて議論し、具体的な準備を進めていかなければならない。
ウクライナにおける民間人の被害は日々クローズアップされている。
しかし、単にその非人道性のみをあげつらっても得るところは少ない。
これを機に自らの態勢を見直すべきだ。
私たちは、「民間人を守ること」が「自らの国を守り、同時に、戦後の復興を支える基盤となる国家のレジリエンスを支えるための活動であること」を理解しなければならない。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。
護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。
退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。
2021年から現職。
写真:ロイター/アフロ
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2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
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3)「ほめる」メディア
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