[26日 ロイター] - 米実業家のマイク・リンデル氏は2月、米ケーブルテレビ局ニューズマックスの番組に出演し、昨年の米大統領選で投票集計機メーカーが不正に関与したという根拠の無い陰謀論を展開し始めた。キャスターはリンデル氏のマイクをオフにし、次に視聴者に向かって、同氏の主張は立証されておらず確認もされていないと説明。続いて「ニューズマックスは(選挙)結果を合法的かつ最終的なものとして受け入れています」という一文を含んだ、あらかじめ用意していた文面を読み上げた。
トランプ前大統領の熱心な支援者であるリンデル氏は、それでも不正についての話をやめず、このキャスターがインタビューの途中で退席する事態となった。
まるで 「ファクトチェック」作業を実況放送したかのようなこの一件は、保守系メディアの最近の傾向を浮かび上がらせた。ニューズマックスなどのメディアは名誉毀損による損害賠償が起こされた場合の支払いを最低限に抑えるため、ゲストや司会者がトランプ氏の主張に沿った陰謀論を口にした場合、もっぱら用意した免責事項説明文を読んだり、主張の正当性を否定する収録済みの番組を流したりするようになっている。
<小規模放送網には「存亡にかかわる脅威」>
法律専門家によると、これは陰謀論者から攻撃された投票集計機メーカー2社、ドミニオン・ボーティング・システムズとスマートマティックが最近、それぞれ訴訟を起こしたり、訴訟をちらつかせたりしていることに対し、ニューズマックスとして「先手」を打ったものだ。ワン・アメリカ・ニュース・ネットワーク(OANN)などの他の保守派テレビ局やラジオ局も、何らかの同様の措置を取っている。
ニューズマックスの広報担当者はコメントを拒み、OANNからはコメント要請への返信が得られなかった。
法律専門家はこれらの訴訟について、ニュース報道全般を巡る免責の有効性を試すものになるかもしれないとみている。また、強い関心が集まる問題について根拠の無い主張をするゲストや司会者を、保守系メディアが今後も使いたがるかどうかの試金石になる可能性もあるという。
コロンビア大の歴史学者ニコール・ヘマー氏は、多額の賠償金支払い命令や和解金に応じられない小規模な放送網にとっては、訴訟が「存亡にかかわる脅威」にもなりかねないと述べた。
ドミニオンは3月26日、視聴率を上げるため、選挙不正関与の虚偽主張を流したとしてFOXニュースの親会社FOXに16億ドル(約1755億円)の損害賠償を求める訴えを起こした。2月4日にはスマートマティックが、FOXやトランプ氏の顧問弁護士だったジュリアーニ元ニューヨーク市長らを訴えている。同社はFOXとその司会者ら、ゲスト出演者らには総額27億ドル超の損害賠償を求めた。
ドミニオンは既にジュリアーニ氏のほかリンデル氏を含むトランプ氏支援者に対しても、テレビでの発言やソーシャルメディアへの投稿などに基づき、名誉毀損の訴訟を起こしている。ジュリアーニ氏は1月にロイターに対し、ドミニオンについての自分の発言は憲法の言論の自由に守られていると語った。リンデル氏はドミニオンが自分を黙らせようとしているとして反訴する計画だと述べている。
ドミニオンとスマートマティックそれぞれの法務顧問は、免責事項の表明も反論もドミニオンが既に被った損害を戻せるわけではないため、もう手遅れだなどと主張している。
著名メディア弁護士のフロイド・エイブラムズ氏によると、免責事項説明文は、放送局がトランプ氏支援者の「見解」を「単に放送しただけ」という主張を提起するのに多少とも役立つ可能性がある。ドミニオン、スマートマティック両社への悪意で行動したわけではないという主張だ。
FOXは免責事項を流すのでなく、別のアプローチを取っている。スマートマティックの不正関与を虚偽主張する番組を放送して5週間後、同じ番組枠内で昨年12月に3回、こうした選挙不正説を的確に疑問視する専門家の、しかし3分間の短い収録インタビューを放送した。
FOXは放送した内容を一切取り下げていない。広報担当者は、同社は11、12月に、投票不正の主張が根拠を欠いていることを報じていたと主張している。
FOXは2月、スマートマティックの訴訟を退けるよう求める申し立てを行い、言論の自由の保障を定めた米合衆国憲法修正第1条に鑑みると、FOXは賠償責任を問われないと訴えた。申し立て文書によると、FOXはスマートマティックに出演を依頼しており、同社側が拒否したとしている。
スマートマティックの弁護士はこの依頼についてコメントを拒んだ。
<ジュリアーニ氏が憤慨>
ジュリアーニ氏は2月、ニューヨークの保守系ラジオ局WABCでショーの司会を務めた。同局は放送の途中、司会者の「見解や想定、意見」は必ずしも局やそのオーナー、他の司会者、広告主の意見や信条、方針を代表していないとする声明を挿入した。
ジュリアーニ氏は事前に知らされていなかった様子で、マイクに向き直ると「侮辱的だ」と憤慨。「ここは米国だ。旧東ドイツじゃあるまいし。私について警告する必要があるとでも言うのか」と続けた。
WABCからはコメント要請への返信を得られていない。
ニューヨークのメディア弁護士、ライアン・カミングス氏によると、メディアは免責事項を放送することで、司会者やゲストの発言が意見であってニュースではないと主張するのを助ける可能性がある。米国の法律では、事実を伝えるとされる報道よりも意見表明の方が、より法的保護を受けられる。しかしラジオやケーブルテレビのニュースは一般に、事実と意見をはっきりと区別させる手掛かりを視聴者に提示していない。
スタンフォード法科大学院のロバート・ラビン教授によると、免責事項を示すことで、ニューズマックスやほかのメディアとしては見境なく行動しているわけではないと主張しやすくなる。米国の法律では、著名人や企業についての虚偽発言が名誉毀損になるのは、「実際の悪意」を伴っているか、見境なく事実を度外視しているとされた場合に限られる。
<トランプ氏は免責か>
大統領選で不正があったとの主張が法的に問題になるほど、この話題はトランプ氏を支持する多くの視聴者や有権者を大きく引きつける。保守系メディアは今も、共和党で最も影響力の大きいトランプ氏に焦点を絞った報道を続けている。
一部のメディア弁護士によると、選挙不正説をまき散らした張本人であるトランプ氏自身は、その主張を伝えた支援者や保守系メディアよりも訴訟で負ける危険性が小さいかもしれない。
理由の一端は、同氏が選挙機メーカーについて具体的な主張をした時が大統領任期中に限られていたことにある。現職大統領は、公務に関しては訴訟を免れるとされており、裁判所はこの免責規定をたびたび幅広に解釈してきた。
スタンフォードのラビン教授によると、この免責規定ゆえにトップレベルの政府高官は名誉毀損の訴訟を恐れることなく発言し、責務を果たせると意図されている。
トランプ氏は退任以来、投票集計機メーカーの名指しを控え、あいまいな発言に終始している。メディア弁護士のエイブラムズ氏は「選挙が不正だとの主張がおおまかで、もしくは漠然としたものになるほど、(言論の自由を保障する)憲法修正第1条で保護されることが明確になっていく」と言う。
スマートマティック、ドミニオン両社はトランプ氏本人に対して訴訟を起こしていない。ロイターはトランプ氏側近にコメントを要請したが、返信はなかった。
トランプ氏とは対照的に、同氏について報道するメディアはいくら免責事項を流し、さらに放送内容が「報道」かどうかをあいまいにし続けても、ニュース番組で既に報道した内容についてはリスクがある。ラビン氏はトランプ氏当人が免責され得ることに比して、伝えた側であるメディアの方は免責が難しいのは「皮肉なものだ」と語った。
(Helen Coster記者、Jan Wolfe記者)