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アングル:ロンドン、気候変動対策に必要な人材を地域で訓練

発行済 2021-11-01 18:03
更新済 2021-11-01 18:10
© Reuters. 2014年のロンドンマラソンに向けてトレーニングに励んでいたサディク・カーン氏は、ランニング中に息切れを感じた。当時、ロンドン南部トゥーティング地区選出の英下院議員だった

[ロンドン 27日 トムソンロイター財団] - 2014年のロンドンマラソンに向けてトレーニングに励んでいたサディク・カーン氏は、ランニング中に息切れを感じた。当時、ロンドン南部トゥーティング地区選出の英下院議員だった同氏がぜんそくを発症したのは、このときが初めてだった。

労働党に所属するカーン氏は、2016年にロンドン市長に当選して以来、首都の大気汚染解消を最優先課題とし、汚染源であるディーゼルエンジン駆動のバスの電動化や、先進的な大気監視システムの導入といった手段をとってきた。

2019年にカーン氏がロンドン中心部に導入した超低排出規制ゾーン(ULEZ)は、設置当初の18倍の規模に拡大され、ロンドンの多くの部分をカバーしている。

汚染源となる年式の古い自動車、トラック、オートバイが、140平方マイル(約360平方キロ)にわたって広がる同区域に進入する場合、運転手は12.50ポンド(約2000円)を支払わなければならない。これは環境に優しい交通手段への投資を促す強いインセンティブになっている。

最初のULEZが実現してから2年、当初の設定区域に進入してくる車両の5分の4は厳しくなった環境基準に適合している。カーン市長のオフィスによれば、主要な大気汚染物質である二酸化窒素の道路脇での測定値は40%以上も改善されているという。

パキスタン移民のバス運転手の息子として生まれ、公営団地で育ったカーン氏は、まさにこうした変化がロンドン全域で起きることを望んでいる。

大気汚染防止区域を拡大していけば、さらに400万人のロンドン市民が、もっと健康にいい空気を吸えるようになり、同時に気候変動への対策にもつながる、とカーン氏は指摘する。

かつて人権派弁護士として活躍したカーン氏はトムソンロイター財団によるインタビューの中で、「投資が成果を上げてきた」と語った。

<散発的な行動>

ロンドンは「C40世界大都市気候先導グループ」に参加している。C40は約100の大都市圏からなる国際的グループで、気候変動に対する迅速な行動を促進し、住民の生活を改善するために活動している。

参加都市はみな、クリーンエネルギーの導入促進、温暖化の影響への適応、気候変動に関するパリ協定の実践といった行動計画を進めていくことに注力している。

ロンドンは、2030年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロにすること(ネット・ゼロ)を公約しており、電気自動車向け充電スタンドの設置から、深刻化する洪水や猛暑に対処するための人材育成やインフラ整備に至るまで、幅広い行動を起こしている。

市長オフィスによれば、ロンドンでは欧州のどの都市よりも多くの電動バスが走っているという。カーン市長は2034年までにバスからの二酸化炭素排出量をゼロにする方針を示している。

グラスゴーで開催される国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)に続き、12月にはC40の会合も行われる。議長を務めるカーン氏をトップとするグレーターロンドン自治体は、同市の年金基金による化石燃料関連の投資をほぼすべて取りやめている。

しかしロンドンが排出量削減を急ぐ一方で、必要とされる変革のかなりの部分は市長には手の出しようがない領域にある。市長の権限は、交通や取り締まりといったことに限定されている。

たとえば、ロンドン市内の老朽化した住宅380万戸を改修するための財源は、おおむねイギリス政府の管轄下にある。

加えて、建築許可の発行からゴミ処理の管理に至るまで、地球温暖化ガスの排出量を現場レベルで削減するために必要な実践的な活動のかなりの部分は、グレーターロンドンを構成する32の自治区の役目だ。

<「ティーポットカバー」に覆われた家>

ロンドン西部、大規模なロンドン自治区の1つとして34万人以上の人口を擁するイーリングは、今年に入り「気候非常事態」を宣言し、新たに戦略的優先順位を定めた。そこには雇用創出と区民の公平性の促進が含まれている。

イーリング自治区では同時に、福祉住宅5000戸を改修し、「ティーポットカバーのような」住宅全体を包む外装断熱材、さらには三重窓、蓄電池システムを備えたヒートポンプとソーラーパネルを採用することを計画している。区長補佐のディアドル・コスティガン氏が明らかにした。

この改修が完了すると、送電網からの電力供給を受けなくても居住可能になると期待されている。それによって、こうした公共住宅で暮らす最も所得水準の低い住民としても、次回の改修資金の一助として月々わずかな光熱費を払うだけで済み、家計負担が軽減される。

コスティガン氏は、同自治区の「ツリーズ・エステート」事業の対象となるクリーム色の2階建て住宅の前に立ち、「気候問題における公正さとは、気候変動の影響に苦しむ人々だけではなく、光熱費を多く払っていない最貧困層のためのものでもある」と語った。

アスマ・ヤクブさん(42)は、来年こうした改善の恩恵を受ける住民の1人だ。現在ヤクブさんが子どもの養育費の一助として売っているケーキを焼くために使っているガスオーブンは、電気オーブンに交換される。

ヤクブさんは最初のうち懐疑的だったものの、気候変動と自然についてのドキュメンタリーを観たことで考えが変わったと話した。

「1人のムスリムとして、私にはこの星を見守り、将来の世代のことを考え、私たちがいま起こしてしまっている過ちから彼らを守る義務がある」と付け加えた。

改修作業にあたっては、実施する価値はあると地域住民に納得してもらうための先行投資が必要だ。だが、コスティガン氏によれば、設備更新に必要な財源はなかなか見つからない。イーリング自治区には改修するにふさわしい住宅は5000戸もあるのに、これまでに調達できている資金は68戸分しかないという。

もしロンドンが住宅全戸のグリーン化を目指すならば、はるかに規模の大きな、そして将来の計算が立つ資金の流れを確保することが鍵になる、とコスティガン氏は説明する。

ロンドン南部、ランベス地区の首長であるクレア・ホランド氏は、2035年までに地球温暖化ガスの78%削減、2050年までにネット・ゼロという思い切った目標を実現するには、英国政府は「グリーン革命」の費用をまかなうためにもっと優れた戦略を用意する必要があるとの考えを示した。

ランベス、イーリング両地域では、新たな「グリーン・ジョブ」に向けて地域住民への訓練を行い、必要な住宅改修の規模に見合う数の熟練労働者を確保することが、もう1つの優先課題となっている。

ランベスでは、地元の学校と共同で「低炭素シフト」計画で必要となる1万1000─1万2000人の人材育成を行っている。

「家計が苦しくて大学に進学できない生徒は多い。そこで彼らのために、ギグワークではなく、(クリーンエネルギー、住宅改修といった分野で)キャリアを築けるような進路を作らなければならない」とホランド氏は述べた。

<技術者不足>

局地的な前進は見られるものの、ロンドン、そして英国全土で見れば、「ネット・ゼロ」実現に必要なビジネスを構築する取り組みはまだ始まったばかりだ。

独立した提言機関である「クライミット・チェンジ・コミッティー」によれば、排出量削減目標を達成するには、2035年までに英国内の既存住宅のうち約1100万戸に関して、断熱効果を改善し、「グリーンな」新しい暖房・エネルギーシステムを導入する必要があるという。

英国政府は今月、電動ヒートポンプ装置の導入に向けて国内の住宅保有者を対象に5000ポンドの助成金提供を開始すると発表した。英国では新規のガスボイラー設置を2035年までに段階的に廃止する。

政府は2020年に、気候変動に関する目標達成のためには、2028年までに年間60万台のヒートポンプ装置を設置する必要がある、との見方を示した。

だが、労働者研修の取り組みを支援するロンドン拠点の環境非営利団体アシュデンによれば、現在、ガスボイラーその他の化石燃料による暖房システムの整備士が10万人近くいるのに対し、ヒートポンプ装置の設置を担う認定技術者は950人しかいないという。

プロジェクト管理者の研修を行う社会的企業レトロフィット・アカデミーの創業者デービッド・ピアポイント氏は、「ロンドンでは配管業者を見つけるだけでも大変だが、それでもこうした(ヒートポンプ)設置業者を探すのに比べればはるかに楽だ」と語る。

レトロフィット・アカデミーでは2018年末以降、約1500人を育成。その中で最も人数が多かったのは、ロンドンとマンチェスターだ。

卒業生の1人がサラ・カマル氏(28)だ。ロンドン北東部にあるハックニー自治区の設計・技術標準担当者である同氏は、9月に3カ月の課程を修了した。

ハックニー自治区は2040年までに「ネット・ゼロ」達成という目標に取り組んでいるが、カマル氏は「単に装置を設置する技能を持つ人を揃えればいいという話ではない」と指摘。設置する人材以外にも、ヒートポンプのようになじみのない新システムの扱い方について、住宅保有者の理解を促すような仕事もある、と説明した。

<洪水に襲われる駅>

地球温暖化に伴う異常気象が頻発する中で、洪水と猛暑のリスクも高まっている。ロンドンの公共交通も無縁ではいられない。

この夏、「チューブ」の愛称で知られるロンドン地下鉄網では、31駅が豪雨による閉鎖を余儀なくされた。研究者らの予測では、浸水リスクの高い駅は60駅近くに上り、その中には最も利用者数の多い駅もいくつか含まれている。

市長オフィスによれば、ロンドンの鉄道駅の4分の1、学校の5分の1、病院の約半数についても、やはり将来的に洪水被害に見舞われる可能性がある。

エブリン・カルマーさん(64)は、ロンドンブリッジ近くにあるジムに地下鉄で定期的に通っている。もし駅が頻繁に閉鎖されるようになれば、「ロンドン市内を動き回るのはとても難しくなり、多くの不安を生むだろう」と語った。

グレーターロンドン自治体は、こうした洪水の脅威に対応する取り組みを強化している。社会的な脆弱性のデータと重ね合わせた「気候変動リスクマップ」の構築、改良を加えた下水システムの実験、「猛暑警報」の発令などだ。

高潮による浸水の拡大からロンドンを守るためにテムズ川を横切る防潮壁「テムズ・バリアー」も、2070年までに強化される予定だ。

© Reuters. 2014年のロンドンマラソンに向けてトレーニングに励んでいたサディク・カーン氏は、ランニング中に息切れを感じた。当時、ロンドン南部トゥーティング地区選出の英下院議員だった同氏がぜんそくを発症したのは、このときが初めてだった。写真はロンドンで5月撮影(2021年 ロイター/Henry Nicholls)

「気温上昇を抑えることができなければどうなるか、ロンドン市民はその結果を理解する必要がある」とカーン市長は語る。

「10年、20年先のことを心配する必要がある、という話ではない。すでに今、私たちに影響が及んでいる」

(Laurie Goering記者、翻訳:エァクレーレン)

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