[オスロ 8日 トムソン・ロイター財団] - 途上国の科学者らはこのほど、地球温暖化のペースを鈍化させる上である種危険な要素をはらんだ方法を研究するための新たな資金を手に入れた。その方法とは「太陽地球工学(ソーラー・ジオエンジニアリング)」で、具体的には火山の噴煙に似た硫黄粒子などの反射性化学物質を大気中に放出して人工的に太陽光を遮り、地球を冷やそうとするものだ。「太陽放射管理(Solar radiation modification=SRM)」とも呼ばれる。
今のところ進展が乏しいソーラー・ジオエンジニアリングの研究に弾みをつけようと、英国に拠点を置く非政府組織(NGO)「ザ・ディグリーズ・イニシアチブ」が8日、ナイジェリアやチリ、インドなど15の途上国におけるこの分野の研究者向けに90万ドル(約1億1800万円)を新規拠出すると発表した。
資金は、ソーラー・ジオエンジニアリングが降雨や熱帯低気圧、熱波、生物多様性まであらゆる事象にどう影響するかを分析するコンピューターモデルの構築などに活用される見込み。ザ・ディグリーズ・イニシアチブは2018年、南アフリカの干ばつ深刻化などのリスクを把握するための途上国向けプロジェクトにやはり90万ドルの支援を行っている。
これまで太陽光遮断の可能性を巡る研究は、ハーバード大学やオックスフォード大学など先進国の拠点が主導的な役割を担っていた。
ザ・ディグリーズ・イニシアチブのアンディ・パーカー創設者兼最高責任者(CEO)は「全体として重要なのはSRMの権限再配分であり、SRMを利用するかしないかの判断で最も影響を受ける諸国の発言力を強めるということだ」と資金拠出の趣旨を説明する。
パーカー氏は「リスクの大きさを踏まえると、世界中の(SRM)研究レベルは衝撃的なほどに低い」と語り、SRM研究の資金は世界全体で年間数千万ドル程度だろうとみている。
<隠れ蓑批判>
気候変動対応の手段としてSRMを推進することについては、化石燃料企業に何もしない口実を与えかねず、天候パターンがかく乱されてその被害を最も受けやすい諸国の貧困化を助長する恐れがあるとの批判が出ている。
ナイジェリアのアレックス・エクウェメ連邦大学のチュクウメリジェ・オケレケ気候変動開発センター所長は「あまりにも賛否が分かれている。私は(気候変動にブレーキをかけるために)世界ができることを100個提示できるが、ジオエンジニアリングはその中には決して入ってこない」と話す。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの客員教授も務めるオケレケ氏は、国連の気候変動に関する政府間パネルが昨年各国の政策担当者に向けて公表した温暖化対策の提言でも、SRMは一言さえ触れられていないと指摘した。
一方、SRM支持派は、火山噴火からこの技術が着想されたと解説する。例えば1991年のフィリピン・ピナツボ火山の噴火では、高高度に広がった噴煙のために1年余りにわたって地球の気温が下がった。
過去8年は歴史上最も暖かい期間となり、既に地球の気温は産業革命前から摂氏約1.2度上がっており、上昇を1.5度未満にとどめることを目指すという2015年のパリ協定の目標を達成するには、何としても温暖化を抑える方法を見つけ出さなければならないのは間違いない。
それでもユトレヒト大学のフランク・ビエルマン教授は、SRMは先進国が温室効果ガス排出量を減らす必要性から人々の目をそらす要素だと否定的だ。
ビエルマン氏によると、米国では1人当たりの二酸化炭素(CO2)年平均排出量は14.7トンで、インドは1.8トンにすぎない。つまり世界全体がインドや大半の中南米諸国、アフリカ並みの排出量であれば、気候変動は重要問題になっていなかったはずだという。
同氏は、気候変動リスクへの取り組みに際しては、先進国による排出量削減にこそ焦点を当てるべきだと主張。問題なのは「誰のために時間を稼ぐかにある。人類全体や貧しい人々、被害を受けやすい人々のためか、それとも石油やガス、石炭業界のためか」と問いかけた。
<リスク対リスク>
ビエルマン氏は、390人の科学者がSRMの利用禁止を求める書簡に署名していると述べ、メキシコが先月に許可なくソーラー・ジオエンジニアリングの実験をするのを禁止したことを歓迎している。この措置を受け、米スタートアップ企業メーク・サンセッツは成層圏で硫黄粒子を放出するための新たな気球の打ち上げを棚上げした。
もっとも途上国の研究者からは「SRMの効果と悪影響を理解するにはさらなる調査が必要だ」「北半球が中心だったSRM研究に南半球の科学者が追いつく機会は大切だ」といった声も聞かれる。
ラミー元世界貿易機関(WTO)事務局長は「(SRMに)明らかなリスクがあるとしても、温暖化にも膨大なリスクが存在する。いわばリスクとリスクが角を突き合わせている」と語り、この先人類は厳しい選択を迫られると警鐘を鳴らした。
(Alister Doyle記者)