[北京 19日 ロイター] - 国民の怒りが高まり、景気見通しが急激に悪化した場合、多くの国家指導者ならば事態を憂慮して政策を見直すだろう。
しかし、政権3期目にスムーズに移行したいはずの習近平・中国国家主席は今、新型コロナウイルス変異株オミクロンとの闘いで試練にさらされている「ダイナミックゼロコロナ」政策をさらに強めようとしている。
習氏は先週、国営メディアを引き連れて南部の海南島を訪れた際、この政策の重要性を繰り返し強調した。アナリストによると、習氏は今年強い姿を見せる必要があり、方向転換して弱さを見せることは政治的に厳禁だ。海南島での行動にはそうした背景があるという。
習氏の姿勢はまた、集団免疫もなく医療制度が貧弱な中国において、ゼロコロナ政策に代わる魅力的な選択肢が存在しないことも示している。
中国政府がこれまで新型コロナの危険性を非常に重大視してきたという事情もある。今さら方向転換すれば、新型コロナに恐怖心を抱くよう慣らされてきた国民に対して反対のメッセージを送ることになり、格好がつかない。
ナティクシスのアジア太平洋首席エコノミスト、アリシア・ガルシアヘレロ氏は「西側が見つけた回答を輸入するのではなく、ショックに対する中国独自の回答を固守したい、というのが彼の考え方だろう」と話す。「集団免疫を目指す西側のアプローチに対抗する『ダイナミックゼロコロナ』政策がそのひとつだ」という。
国民の怒りが広がっているにも関わらず、習氏がゼロコロナ政策に固執するのは、政権内部に反対勢力がおらず自身の立場が確保されているという自信の現れでもある。今年秋に開かれる5年に一度の中国共産党大会で、習氏は前代未聞の3期目へと向かう。
北京大学の政治科学講師、ヤン・チャオフイ氏は「さまざまなバックグラウンドを持つ多くの人々が声を上げていることと、その表現の強さを考えると、これは習氏が政権を握った2012年以来で最も大規模な国民の怒りの表明だ」と話す。
しかし「国民の不満の声はばらばらで、習氏に影響を及ぼせるほどの勢いには至っていない」
<責任は下級官吏に>
中国のゼロコロナ政策は、症状の有無にかかわらず感染者全員に隔離を義務付けるもので、長く国民の支持を得てきた。しかし今、上海その他の地域で住民や企業がしびれを切らし、恩恵よりも代償の方が大きいとして反発し始めている。大半の感染者が無症状なだけに、不満はなおさら大きい。
上海では今週まで、最近の感染拡大による死者の報告がゼロだった。ソーシャルメディアには、ロックダウン中に新型コロナ以外の原因で亡くなった人々の話があふれている。この政策は消費やサプライチェーン(供給網)、雇用にも打撃を及ぼしている。
国境はほぼ閉鎖状態で、この2年間足止めを食らっている多くの人々、特に海外渡航に慣れていた富裕層はゼロコロナ政策に怒りを募らせている。他の国々は新型コロナとの共生を試みているからだ。
上海の住民はインターネット上で不満を訴え、当局者と言い争っている。しかし移動制限、国家によるメディア管理、検閲、当局による素早い抗議コメントの削除により、こうした悲鳴は広がっていかない。
香港浸会大学のジャンピエール・サベスタン氏は「中国共産党指導部はずっと前から習氏をナンバーワンの座に維持すると決めている。習氏とその一派は、彼を守ってすべての弱みや失敗を下級官吏のせいにするためになら、どんな理由や言い訳でも見つける」と述べた。
国民の不満が世論調査や投票の形で現れる民主主義国家と異なり、独裁的な体制で指導者が危険にさらされるのは政敵が力を発揮した時だけだ。上海政法学院の元准教授で今はチリでコメンテーターをしているチェン・ダオイン氏はそう語る。
「習氏は既に有力な政敵をすべて排除したため、国民の怒りは大して彼に影響を与えられなくなっている」
武漢で最初に新型コロナの感染が爆発した時には、国民の間に恐怖が広がりネット上に抗議の声もあふれたが、習氏は結局、政治的な打撃をほとんど受けずに済んだ。政府は最終的に、この時の対応を「勝利」に仕立て上げた。
一方で下級官吏の多くは責任を負わされた。今回の感染拡大で各都市当局が速やかに制限措置を実施した背景には、そうした経緯もある。
上海で感染が拡大する前、上海市党委員会書記の李強氏は、党の最高意思決定機関である中央政治局常務委員会メンバーに昇格し、三期目に入る習氏の盟友として仕えると広く予想されていた。
チェン氏は「上海の感染拡大で李氏が罰せられれば、習氏が計画する次世代党指導部の顔ぶれに混乱が生じかねない」と見る。感染が拡大した他の都市ではトップレベルの高官が更迭されたり厳しく非難されたりしたが、上海では非常に低いレベルの役人しか処罰されていない。
「1カ月以内に上海の状況が落ち着けば、習氏と李氏はともに、これまで考えられていた通り望み通りの地位に就けるかもしれない」とチェン氏は語った。
(Yew Lun Tian記者、 Tony Munroe記者)