[北京/香港 8日 ロイター] - 新型コロナウイルスの感染封じ込め対策として2020年から実質的に国境を封鎖してきた中国政府が、その厳格な「ゼロコロナ」政策を解除して数カ月が経過した。この間、中国は外交、ビジネスの両面で一見して矛盾するような措置を立て続けに打ち出し、識者の多くはその意図に首をかしげている。
自国の安全保障への関心を強める中国は、米国との対立も深まりつつある。ゼロコロナ政策の制約が解除された中国が、国際社会に復帰するのではなく、西側からの隔絶という新たな局面に入ってしまうことをアナリストらは懸念している。
いくつかこの「矛盾」の例を挙げよう。中国はウクライナの和平を促進する一方で、侵略の当事者であるロシアとも対話を続けている。西側諸国のリーダーたちの来訪を熱烈に歓迎する一方で、民主主義国家である台湾を巡る緊張をエスカレートさせている。外国企業の経営者に秋波を送る一方で、国内ビジネス環境に閉塞感をもたらす措置をとっている。
相反するメッセージに見えるものは、習近平国家主席が改めて国家安全保障に関心を注いでいることの結果であり、ライバルである超大国の米国との関係がどん底状態にあることでその傾向に拍車がかかっていると、アナリストらは指摘する。
リー・クアンユー公共政策学院(シンガポール)のアルフレッド・ウー准教授は、「今や、経済から外交に至るまで、ありとあらゆる問題に対して安全保障が優先されているというのが中国の厳しい現実だ」と話す。
ウー氏によれば、中国はウクライナ危機などの重要な地政学的課題に対して影響力を発揮したいと考える一方で、何よりもまず自国の安全保障を重視している。このため、外交関係や、世界第2位の規模を誇る経済を再活性化させる計画にも、部分的に支障が生じているという。
「口ではあれほど外部の世界に対してオープンでありたいと言っているにもかかわらず、中国はだんだん閉鎖的になっている」
習近平氏は昨年10月、国家指導者として前例のない3期目の続投を確実にした後の演説で、政治や経済からテクノロジーや領土紛争まで広範な課題を含む概念である「国家安全保障」を強調した。
その後3月に全国人民代表大会で行われた演説は、さらに露骨な内容だった。中国の安全保障は、その台頭を封じ込めようとする米国の企てによる挑戦を受けている、と習氏は語ったのだ。
2012年に中国共産党トップの地位に就いて以来、習氏にとって国家安全保障は常に最大の懸案の1つだった。だが、1期と2期目は、反体制派や人権活動家、中国北西部の新疆地方におけるイスラム系少数民族といった国内問題により大きな関心を注いでいた。
10月の演説では、そこに「外部の安全保障」と「国際的安全保障」が加わった。アナリストは、外部からの脅威、すなわち米国政府への対抗を示唆するものだと指摘する。
本記事のために中国外務省に質問を示したところ、「そうした状況は認識していない」との回答だった。
外務省当局者は、「中国は多国間外交とグローバリゼーションを支持する、責任ある大国である」と繰り返し主張し、他国が「中国の脅威」を誇張していると非難している。
<「表面に現れない逸脱」>
だが、自国の安全保障に執着するあまり、外交面での最近のイニシアチブがいくつか損なわれているとアナリストは指摘する。
たとえば、ウクライナ和平案を推進しようという中国の試みは、懐疑的な声に迎えられた。関係が深く、石油の供給元としても最大であるロシア政府を非難することを控えたためだ。
開戦から1年以上も経過した先月、習氏は初めてウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談を行った。中国はどちらの味方でもないと強調するための試みだったが、複数のアナリストは、中国の駐仏大使がウクライナの国家主権を疑問視する発言をしたことを取り繕うための「ダメージコントロール」として捉えた。
英シンクタンク「戦略地政学研究所」のフェローを務めるチャールズ・パートン氏は、中国によるウクライナ和平の呼びかけは、同国の対米闘争と関連があると分析する。
「中国政府は和平の成否には関心がない。重要なのは、これが米国の悪い印象を広める好機だということだ」とパートン氏は述べ、米国とその同盟国がウクライナ政府に武器を供与して戦火を煽っていると中国が主張している点を指摘した。
米クラーク大学のマイケル・バトラー准教授(政治学)は、ウクライナは似たような立場にある台湾をめぐる米国の決意を問うリトマス試験紙だ、と語る。中国は、民主的に統治されている台湾を自国領であると主張している。
「習氏が特に関心を注いでいるのは、米国がどの程度ウクライナの主権をロシアの侵略から守るのか、あるいはその気がないのか見極めつつ、表向きには中国の主張は冷静かつ理性的であり、米国はおせっかいな干渉者であると印象づけることだ」とバトラー准教授は言う。
中国は、欧州の米同盟国にすり寄る動きを見せている。これもやはり米国政府の影響力に対抗するための中国の戦略の一環だが、その成否はまちまちだと、アナリストらは分析する。
彼らが注目するのは、先月に中国で行われた習氏とマクロン仏大統領との会談だ。友好的で建設的な会談に見えたが、マクロン大統領が中国を離れた直後に、中国が台湾周辺で軍事演習を始めたことで台無しになった。
台湾問題に関するマクロン氏の姿勢が弱気と受け止められたことと併せて、この演習開始を機に、マクロン氏の訪中は中国への迎合であるという批判が噴出した。その後欧州連合(EU)諸国の高官たちは、中国に対する態度を硬化させている。
<ビジネス界の焦燥>
中国の安全保障偏重の姿勢は、経済的な孤立に繋がるリスクがある。
中国では3月、世界の企業首脳を集めた重要会合が2件開催され、当局者たちは、コロナ後の中国がビジネスに対して開放的であることを懸命に強調していた。
だがこの数週間、中国はスパイ防止法の広範な改正を行い、中国国内で活動する外国企業数社に対して、米国政府が「懲罰的」だと指摘する措置をとった。
商工会議所の中国政策委員会のレスター・ロス委員長は、「中国では、外国からの投資をさらに誘致しようとしている一方で、治安部隊が強硬になっているように見える」とロイターに語った。
中国外務省の当局者は従来、中国政府は中国の国内法を順守する限り外国企業を歓迎すると述べていた。
経済再開に対する希望的観測はどこへやら、中国の米国に対する対抗意識が投資家にとって最大の懸念となる中で、数十年続いていた中国資本市場に対する海外投資家の積極姿勢は崩れつつある。
世界有数のヘッジファンドであるブリッジウォーターの創業者で、親中派として有名なレイ・ダリオ氏も、懸念を強めている1人だ。
今年初めに現場を離れたダリオ氏は最近、個人としてのリンクトインのアカウントで、「(中国と米国は)越えてはならない一線にギリギリまで近づいている。もし一線を越えてしまったら、両国は何らかの形の戦争の瀬戸際に立つことになる。それは両国にダメージを与え、世界の秩序にも、深刻かつ取り返しのつかない損害を与える」と書いた。
(Yew Lun Tian記者、James Pomfret記者、翻訳:エァクレーレン)