Adam Smith
[アパティン(セルビア) 21日 トムソン・ロイター財団] - 南東欧のバルカン半島を流れるドナウ川は19世紀に直線的な流れに変わり、かつてクロアチアの一部だった地域がセルビア側に移った一方、セルビアの一部だった全長7キロの中州、ゴルニャ・シガ島はクロアチアの対岸に手を伸ばせば届く近さになった。
そのゴルニャ・シガの管理を行っているクロアチアは、領有化を望んではいない。なぜならゴルニャ・シガを領土に組み込めば必然的に、セルビア側になったより大きな面積の土地の領有権を放棄することになるからだ。一方セルビアもゴルニャ・シガの実効支配には乗り出さず、現状維持を望ましいと考えている。
こうした一種の真空地帯化したゴルニャ・シガに2015年、チェコ人の政治家ビート・イェドリチカ氏が「リベルランド」の建国を宣言したのだ。国名に表現されている通り、同国は個人的な自由や経済的自由を至上の価値とするリバタリアニズムを掲げつつ、暗号資産(仮想通貨)やブロックチェーン技術に財政基盤を置く、いわゆる「ミクロネーション」だ。
リベルランドがあるゴルニャ・シガでは6―8人が、セルビア近隣の住宅やボートハウスなどでの比較的豪華な生活の合間に、テントを張って「入植活動」に従事している。
ただそのようなローテク生活と対照的に、リベルランドの財政はインターネットを通じて市民権を取得した「e市民」が支払う自発的な税金で賄われる仕組みが整っている。大統領に選ばれたイェドリチカ氏が約40万ドルを費やしたというブロックチェーンベースの統治システムはまだ稼働していないものの、リベルランドは世界中のリバタリアニズム支持者(リバタリアン)を魅了しつつあると話す。個人の所有権を優先する思想と、資産をチェックする政府の分権化を可能とする技術を自然に調和させているからだという。
リベルランドを訪れているセルビアのソフトウエア開発者は「ブロックチェーンは自由と個人的な責任を体現している」と語った。
クロアチアの国境警備隊は以前、ゴルニャ・シガへの進入を全力で阻止していた。しかし7月には上陸を認める非公式の協定が結ばれた。
<ブロックチェーンの功罪>
リベルランドの国家活動のほとんどは、蚊に悩まされる湿地帯のゴルニャ・シガではなく、セルビアの首都ベオグラードから北西に200キロほど離れたアパティンにある「アークビレッジ」と呼ばれるシェアハウスで行われている。
リベルランドのe市民は世界全体で700人を超え、この市民とサポーターが毎年8月にアークビレッジで、国家を支える技術基盤を議論するフェスティバルを開催。そこで最も注目を集める話題はブロックチェーンと、リベルランドの準備通貨の99%以上を占めるビットコインだ。
専門家の間からは、値動きが非常に不安定なことで知られる仮想通貨を準備資産とするのは、特に金などを利用する場合に比べて好ましくないのではないかとの声が出ている。
グラスゴー大学で国際関係を研究しているベルンハルト・ラインスバーグ准教授は「ビットコインに裏付けられた通貨は大半の国家の発展上のニーズにとって不適切だ。ビットコインは振れが大き過ぎる」と指摘した。
エクセター大学でブロックチェーンと暗号学を教えているクリストファー・カー氏も、リベルランドは2021年にビットコインを法定通貨として導入したエルサルバドルと同じ課題にさらされる危険があるとの見方を示した。
リベルランドが採用するのは「リベルランド・ドル」と「メリット」と呼ぶ独自のトークンで、いずれもビットコインで購入可能。これらがブロックチェーン上で運営されるリベルランドの分散型自律組織(DAO)的な政府の基礎となっている。
メリットは労働を通じて取得するか、購入することができる。メリットを多く所有するほど、投票権も拡大される。
リベルランド市民から見れば、DAOは透明性が高く、中心的な指導者がいないので汚職の可能性も低下する。一方でブロックチェーンはハッカーの侵入に対しては脆弱になる恐れがある。米国ではセキュリティーに不備があった場合、DAOのメンバーが責任を問われた例がある。
ラインスバーグ氏は「特に民族間の相互信頼や一つの民族に運営された政府への信頼が低いバルカン半島地域では、DAOは有効だ」と評価する。
ただより懐疑的な見方もある。カー氏は「インターネットプロトコルを通じた投票は安全性の確保が難しい。巧妙なハッカーなら、正常な(プロセスを経た)予想外の結果と見分けにくくするやり方で票を操作できるだろう」と述べた。
<メタバース活用>
リベルランドは、「リベルバース」と名付けたインターネットの仮想空間メタバースを通じても人々を呼び込めると期待している。
ベオグラードから実際にゴルニャ・シガまで行こうとすれば、2本の列車とタクシーを乗り継ぎ、ボートか自動車、オートバイまで利用する手間がいるだけに、メタバースには魅力がある。イェドリチカ氏らは、長期的にはメタバースを現実世界のリベルランドと本質的に結びつけ、非代替トークン(NFT)を使って所有権を行使することを目指している。
ゴルニャ・シガはジブラルタルほどの限られた大きさしかないが、リベルランドの人々が望んでいるのは、現実世界で購入した土地がデジタル区画とマッチングされる未来だ。