Anastasia Moloney
[パナマ市 20日 トムソン・ロイター財団] - 中国籍の巨大なコンテナ船が、パナマ運河の狭いミラフローレス閘門へと誘導されていく。約2700万ガロン(約1億0220万リットル)の水に周囲を満たされ、船体はこの太平洋と大西洋を最短でつなぐ海運上の要路を進んでいく。
だが、運河に連なる閘門で船体を上下させる大切な「クッション」である水は、度重なる干ばつにより不足している。国際貿易の重要なルートが混乱し、パナマ経済を支える通航料収入にも打撃が及んでいる。
パナマ運河での状況は、地球温暖化と気候変動による異常気象が、国際貿易の80%を担う海上輸送産業に与えそうな影響をまざまざと見せつけている。
パナマ運河経由の航行が滞る一方で、紅海におけるイエメンの親イラン武装組織フーシ派による攻撃に伴い、船舶各社はルート変更を迫られている。
だが今のところ、あらゆる海運貿易の3%近くを処理しているパナマ運河は、代替ルートとしては力不足だ。通航船舶隻数は約3分の1も減少しており、世界の海運貿易のフローは再編の必要に迫られている。
海運産業の専門家によれば、こうした状況に伴い何千隻もの船舶がこれまでより長いルートを航行する可能性があり、気候変動につながる二酸化炭素排出量も輸送コストも増えてしまうという。
パナマ運河の閘門システムのための主要水源は雨水に頼るガトゥン湖だが、昨年の深刻な干ばつにより水位は低下した。昨年10月の降水量は、同月としては1950年以来で最低となった。
中央太平洋および東部太平洋の海水温が平年よりも高くなる「エルニーニョ」現象の影響も受け、2023年は過去最高に暑い1年となったが、平年より高い気温はガトゥン湖からの蒸散量も増加させている。
パナマ運河のサステナビリティー責任者を務めるイリヤ・エスピノ・デ・マロッタ氏は「雨が降らなければお手上げだ」と語る。
「従来でも異常な干ばつは15─20年おきに見られた。だが最近は、2016年、19年、23年に発生している。明らかに、気候変動の問題に対応する必要がある」と同氏は言う。
干ばつがもたらす水不足は大問題だ。両大洋を結ぶ80キロメートル超の水路を通過する船舶は、ガトゥン湖の水を1隻当たり約1億9300万リットルも消費するからだ。
一方で、ガトゥン湖はパナマの総人口約450万人のおよそ半分に飲料水を提供している。限りある水源に対して、どちらも大切だが競合する需要のバランスを取ることが、5月に行われる選挙を経て就任する新大統領にとって重大な課題となる。
エスピノ・デ・マロッタ氏は飲料水が優先されると話しているが、運河の経済的な重要性を考えれば、運河と住民への水供給を両方維持しなければならない。
パナマ運河庁(ACP)は昨年、100年以上もの歴史の中で初めて、ガトゥン湖の水位低下により通航許可隻数を制限せざるを得なかった。順番待ちの船舶の列は伸び、このボトルネックにより運賃は上昇した。
平時であれば、米国産の液化天然ガス(LNG)や大豆、チリ産の銅やサクランボなどあらゆる貨物を積んだ船舶が1日約36隻、パナマ運河を通過する。だが今年は、この数が24隻に制限されている。
パナマ運河の水管理部門マネジャーで、同運河の流域を監視するエンジニアや気候学者のチームを率いるエリック・コルドバ氏は、今後4年間に発生する新たな干ばつに備える必要がある、と語る。
「次の干ばつの際には、船舶の通過に使用する水より飲料水ニーズを優先することになるだろう。そこが問題だ」とコルドバ氏は言う。
<先行きは不透明>
1914年に開通したときは世界有数の偉業と称えられたパナマ運河は、フランスによる開削が失敗に終わった後、米国が10年の歳月をかけて建設した。1999年末の時点でパナマ共和国に返還された。
パナマは世界で5番目に降水量の多い国だが、運河周辺地域は2023年、同国が記録を開始して以来1、2を争う乾燥した天候に見舞われた。
現在の通航制限は少なくとも4月の乾季終了まで適用され、5月に予想通りの降雨があれば、1日の通航隻数を徐々に増やしていく計画だ。
だが降雨の時期が遅れたり量が少なかったりすれば、通航制限はさらに続く可能性がある。
「水がこれほど少ない状況のもとで運用していくには、運河の見直しや再設計が必要になる。解決するには、水問題に焦点を当てた新プロジェクトに投資することだ」とコルドバ氏は言う。
一方、運河当局は通航料を引き上げ、通過枠の入札を実施して順番待ちの船舶の繰り上げを認めている。
値上げにもかかわらず、通過隻数の制限により、通航料収入は昨年10月以降で月約1億ドル(約151億1200万円)減少している。
2022年の運河関連の政府歳入は約25億ドルで、パナマの国内総生産(GDP)の約3%に相当する。
また運河はパナマにとって、規模以上の存在感を国際舞台で発揮できるという意味で、国としての誇りの源泉となっている。コンサルティング会社マッキンゼーによれば、中南米諸国はパナマ運河に依存しており、米国の海上輸送による輸出入の約14%はパナマ運河を経由している。
中南米において、気候変動の予期せぬ影響に悩まされている水路はパナマ運河だけではない。
ブラジルのマナウス港は昨年末、アマゾン川とその支流で記録的な干ばつが発生した影響で、水位は過去121年間で最低となり、50日以上にわたってコンテナ船の接岸に支障が出た。
<水節約の対策は>
またパナマ運河当局は、通航制限強化を避けるために、水の節約を狙った一連の対策を導入している。
その1つが「クロスフィリング」という取り組みだ。1つの閘室から別の閘室へと水を移して再利用し、1日6隻の通過分に相当する水を節約する。また、船舶の大きさ次第で可能な場合には、1つの閘室に同時に2隻の船舶を入れて通過させる「タンデム通過」と呼ばれる方法もある。
パナマ運河の流域管理プログラムを率いるラウル・マルティネス氏によれば、水管理の対策には、周辺の熱帯雨林の保護・再生によって、土壌浸食を緩和し、水流を増やして集水・貯水を改善するといった施策も含まれるという。
またACPは、運河流域で生活する約32万人のうち、小規模農家やコーヒー生産者数千人を対象に、収量増加を支援するプロジェクトも進めている。こうした住民の一部は、熱帯雨林保護に向けた金銭的なインセンティブや技術支援をACPから受けている。
だが、こうした水節約に向けた対策の一方で、新たな真水の水源も必要とされている。ACP理事会は、運河から車で2時間ほどの距離にあるインディオ川に新たな貯水ダムを設けることを提案している。
エスピノ・デ・マロッタ氏によれば、新ダムの建設には総工費推定約12億ドル、4─6年の工期を要し、ダムからガトゥン湖まで水を引くために、山を貫いて8キロにわたりトンネルを掘削することになるという。
だがインディオ川開発プロジェクトには政府の認可が必要であり、またダム予定地は運河当局が管轄権を有する指定流域から外れているため、法改正も必要になる。
誰であれ、5月の大統領選挙での勝者はこうした判断を迫られることになる。
財源もまだ確保できていない。エスピノ・デ・マロッタ氏は、財源としては、運河収益と多国間開発金融機関からの融資を組み合わせる可能性が高いと話す。
プロジェクトを前進させるためには、インディオ川に生活を依存している約230のコミュニティーへの情報提供と同意獲得が必要になる。当局は、ダム建設により約2500人の住民に影響が出ると推定している。
<川沿いのコミュニティーの反応は>
川沿いコミュニティーで何よりも懸念されているのは、新ダムの建設により、家屋や農場が浸水し、保有者は退去を迫られることになりはしないかという点だ。
インディオ川下流域のあるコミュニティーの指導者、ヤリツァ・マリン氏は「われわれはプロジェクトには賛成していない」と話す。
マリン氏は「ダムがこのコミュニティーにどのような影響を及ぼすのか不明だ」とし、「ダム建設よりも、なぜ私たちのコミュニティーに投資しないのか。医療や教育、上水道といった基本的なサービスさえ整っていないのに」と語る。
パナマでは、政府に対する人々の怒りや不満を生む背景として、環境問題やコミュニティーの権利の擁護がますます比重を増しつつある。
昨年11月には、銅鉱山開発契約に関する情報開示が不足しているとして数千人の国民が街頭での抗議行動に参加し、これを契機に政府に対するさまざまな不満が噴出した。インディオ川新ダム建設プロジェクトも、これに似た不信感を振り払えずにいる。
やはりインディオ川下流域に住むボリバル・サンチェス氏は、新ダム建設プロジェクトを初めて耳にしたのは2000年で、このときは地域内で運河当局側によるワークショップがあったと話す。だが、その後は住民との協議の場は設けられていないと続けた。
「当局はコミュニティーに敬意を払い、しっかりと対話すべきだ。水を必要としているのは私たちも同じなのだから」
(翻訳:エァクレーレン)