[14日 ロイター] - 中国の電気自動車(EV)メーカー、BYD(比亜迪)の米子会社BYDノース・アメリカがロサンゼルスの北で運営する電動バス工場は、バイデン大統領が目指す理想を体現しているかのようだ。製品はもちろんバッテリー式で生産場所は米国内、そして環境にやさしいからだ。
アメリカンフットボール競技場9個ほどの広さを持つこの工場では、労働組合に所属する約500人が、バッテリーパックを組み立て、フレームを溶接し、座席やハンドル、料金箱などを装着しながら、二酸化炭素排出量ゼロ(ゼロエミッション)のバスを量産している。
バスの電動化もしくは燃料電池車への切り替えは、輸送セクターからの二酸化炭素排出量を減らす最も手っ取り早い方法とみなされている。米国の二酸化炭素排出量の29%を占めるのが輸送セクターだ。
ところが、BYDノース・アメリカは、公共交通事業者が電動バスを購入する際に米政府が支給する補助金の適用対象から除外されている。その理由は、BYDなどを念頭に置いて、中国政府が所有・管理するか助成している企業に連邦補助金を使用することを禁じた「修正米国防授権法」の存在にある。
BYDノース・アメリカの広報担当者は、中国の親会社から助成金を受け取っていない点を根拠に、この決定に対して異議を申し立てる方針を表明。「電動バス市場からわれわれを閉め出すのは米国の消費者、納税者、労働者にとってマイナスだ」と強調した。
実際、電動バス生産セクターの2大勢力の1つであるBYDを政策支援の枠組みから外してしまえば、たとえ他のメーカーの生産増が見込まれるとしても、バイデン氏が米国の公共交通網を急速に電動化するのは難しくなり、同氏が掲げる気候変動関連政策の重要な目玉は実現が危うくなる、と専門家は警鐘を鳴らす。
米政府の輸送関連補助金と政策動向を研究しているイーノ・センター・フォー・トランスポーテーションのシニアフェロー、ジェフ・デービス氏は「現在の米国の生産インフラからすれば、BYDをのけ者にして早期に大規模なバスの電動化が達成できるとは極めて想像しづらい」と述べた。
ホワイトハウスのある高官は、ゼロエミッションのバス向けのしっかりした購入補助金制度と、車両およびバッテリーのメーカーへの支援を組み合わせれば、電動バス普及の加速を十分支えられる国内生産能力を築けると自信を見せる。
また、バイデン氏と議会の超党派グループは既に、公共交通機関の保有台数の約70%に当たる5万台前後のディーゼルバスを今後8年で電動バスに置き換えるために、75億ドルという未曽有の予算を拠出することに合意している。これは、2030年までに国内の二酸化炭素排出量を半減させるという政権の目標達成に向けた取り組みの一環だ。
米電動バス市場でBYDの主な競争相手となっているのは、カリフォルニア州に拠点を置くプロテラで、両社はいずれもこれまでに米国内で約1000台を販売した。プロテラは、今後数年のうちにバッテリーセル製造工場も建設することを計画している。
センター・フォー・トランスポーテーション・アンド・ザ・エンバイロメントのエグゼクティブディレクター、ダン・ローデボー氏によると、これから次第に増産が期待されるのは、米GILLIGやカナダのNFIグループ傘下のニュー・フライヤー、ボルボ子会社でカナダに拠点があるノババスなど。ただ、現時点では全社とも電動バス生産能力がBYDに比べれば見劣りする。
GILLIGとNFI、ノババスはずっとディーゼルバスを製造してきた企業で、近年になってハイブリッド式や電動式、燃料電池式のモデルを売り始めた。ほかにもカナダのライオン・エレクトリック、グリーンパワー・モーターなどのメーカーがあるが、まだ輸送機器事業の強化に乗り出したばかりだ。
<反撃>
BYDの親会社は香港と深センに上場しているものの、同社によると株式の60%は米国投資家が保有している。著名投資家ウォーレン・バフェット氏も直近の年次報告で8.2%の持ち分があることを明らかにした。
それでも19年の米議会報告書で、BYDが中国国有投資ファンドと中国政府の助成金によるメリットを享受して、同社の供給網の一部となったバッテリーセル工場を建設した実態が詳しく記されると、鉄道車両を手掛ける中国国有の中国中車(CRRC)とともに修正国防授権法の標的になってしまった。
この法律は、来年から中国の国有企業もしくは中国政府の管理下にある企業からのバスおよび鉄道車両購入に米政府の補助金を利用できなくなると定めている。
報告書は「中国(政府)はEVバッテリー産業に12年以降で100億ドル余りを投じてきており、それは電動乗用車1台当たりで約1万ドル、電動バスならもっと多額の補助金支給に相当する」と指摘した。
BYDノース・アメリカは、報告書の内容を否定した上で、自分たちは完全に別の事業体であり、中国政府から直接助成金は受け取っていないと主張。米政府の補助金対象除外決定の撤回を求める運動の準備を進めている中で、労組を尊重する経営を行っている点も熱心にアピールしている。
米政府が公表しているロビー活動記録を見ると、BYDは既にバイデン氏や民主党と近い有力ロビー企業のキャピタル・カウンセルと契約を結んでおり、議会やホワイトハウスに対して修正国防授権法の手直しを説得する手段として活用するもようだ。
BYDのロビイストになったのは、大統領選でニューヨークにおけるバイデン氏の選対陣営を取り仕切ったロバート・ダイヤモンド氏と、下院民主党と太いパイプを持つリンドン・ブーザー氏。キャピタル・カウンセルには第1・四半期に5万ドルが支払われた。
さらに議会の懸念を和らげようと法律事務所のオメルベニー・アンド・マイヤーズを起用し、BYDは国防授権法で想定されているような中国国有企業とは異なると論じるリポートも書かせている。
労組もBYDを援護射撃している。「板金工組合」の下部組織を統括するウィリー・ソローザノ氏は「この手の問題は中国が雇用を奪っているという話ばかりだが、(BYDは)雇用を創出し、人々にキャリアを提供している。みんな充実した生活を手に入れ、家を買う人もいる。地域社会全体が恩恵を受けている」と述べ、BYDで働く労組メンバーの平均時給は20ドルだと指摘した。
地方の公共交通運営団体からは、BYDの排除はプラスに働かないとの声が聞かれる。
ロサンゼルス郡地域に公共輸送サービスを提供し、既に保有するバス約85台のほぼ全てをBYDの電動車に切り替えたアンテロープ・バレー・トランジット・オーソリティーのメイシー・ネシャティ最高責任者は、最も競争力のあるBYDを市場から追い出せば、残ったメーカーが共謀して価格をつり上げる事態になると訴えた。
(Jarrett Renshaw記者、Tina Bellon記者)