平田紀之、山崎牧子
[東京 14日 ロイター] - 日立製作所 (T:6501)は来春、各ポストの職務を明確にして最適な人材を充てる「ジョブ型」雇用を国内の全従業員約15万人を対象に導入する。日本企業で伝統的に採用されてきた一括採用・年功序列・終身雇用といった「メンバーシップ型」雇用からの大転換だ。新型コロナウイルスの影響による在宅勤務の広がりもあり、導入機運が高まる人事制度だが、日本の企業社会に根付いていくかは、懐疑的な見方もある。
<グローバルな人材管理に重要>
ジョブ型は各ポストの職務内容をジョブディスクリプション(職務記述書)に記し、最適な人材を採用・配置する仕組みだ。
日立は管理職ですでに取り組んでおり、海外の多くの拠点でも採用している。スイスの重電企業ABBの送配電事業を傘下に入れ、世界の従業員約31万人のうち外国人比率が日本人を上回った同社にとって、グローバルな人材管理の面でも重要となっている。
中西宏明会長はロイターの取材で、日本の従業員は現在の人事システムでは「自分で手を挙げ、自力で仕事の成果をつかみ取るという感覚がもてない」との認識を語った。社内調査では、エンゲージメント(やりがい)の面で日本が最低だったという。日立ではジョブ型を通じ、従業員がキャリアを意識してスキルを磨き、社命がなくても希望のポストに自ら手を挙げるようになると期待を寄せる。
<環境変化が促す人事改革>
日立はリーマン・ショック後の09年3月期に7873億円の純損失を計上。翌10年に社長に就任した中西氏は、モノづくりからIoT(モノのインターネット)サービス中心への転換を進め、デバイスや家電などの事業を切り出した。
「いい製品を高い品質で作れば売れるというビジネスモデルが成功しにくくなってきた」と中西会長は話す。
モノづくり中心の時代は、顧客の求めに応じる「受け身」が許容されたが、社会イノベーションでは顧客の課題のあぶり出しが重要となる。日立の中畑英信最高人事責任者(CHRO)は「プロアクティブ(能動的)な動きが求められる。ジョブ型で仕事がわかっている方が合う」と話す。
日本経済団体連合会は今年の春闘で経営側の指針となる「経営労働政策特別委員会報告」(経労委報告)にメンバーシップ型を中心に据えつつ、ジョブ型を活用する「複線型」制度を盛り込んだ。経団連の会長でもある日立の中西会長は、業種を問わず賛同する会員企業が多かったと話す。
高齢化社会の進展を受けて定年延長の動きがある中、高年齢の従業員の意欲やスキルは今後の企業競争力に直結すると、日立の中畑氏は話す。「日本企業全体をジョブ型に持っていかないと(日本経済は)もたなくなるのではないか」(中畑氏)。
<取り入れにくい企業・産業も>
ではジョブ型は、日本の企業社会に広がり、根付くのか。
同志社大学政策学部の太田肇教授は「仕事が細分化され、いわば社内に労働市場がある一部の大企業はともかく、多くの企業では取り入れにくい」と懐疑的だ。理由の一つが、日本の労働市場の流動性の低さだ。一つの企業での労働者の勤続年数は米国が約4年なのに対し、日本は約12年と開きがある。
日立の中畑氏は「(職務記述書の)要件に合っていない人が結構出てくるかもしれない」と話す。要件を満たせなければ別の仕事を探す必要性が生じ得るが、年齢を重ねると、社外で探すのは容易ではない。労働者の権利が厚く保障されているため、企業も簡単に解雇できない。
日立は、ジョブ型を報酬に反映する24年度までに、従業員が必要なスキルを身に付ける時間と機会を提供する。「日立には日本人が15万人いる。これだけでマーケットが出来る。まずは日立の中でやればいい」と中畑氏は語る。
一方、大企業以外でジョブ型の導入を検討する企業の多くは、成果だけでなくプロセスも評価する「ハイブリッド型」を想定していると、同志社大の太田教授は指摘する。ハイブリッド型では、成果をあげても、プロセスが問題視され評価が低くなるケースもあり得るため、「従業員が萎縮し、能力発揮が妨げられる可能性がある」という。2000年前後に一時注目されながら定着しなかった「成果主義」でこうした運用が見られ、その轍を踏みかねない懸念があるという。
産業による違いもある。日本でジョブ型の呼称を広めたとされる労働政策研究・研修機構(JILPT)労働政策研究所の濱口桂一郎所長は、電機産業でジョブ型の取り組みが進んでいるのは、工場の構内請負化が進み、現場労働力の多くが直接雇用ではなく外部化しているからだと指摘する。
欧米で典型的なジョブ型とされる工場作業員は、職務記述書に記された範囲に作業内容が限られ、企業側からすればむしろ日本型のシステムより硬直的とされる。自動車などの産業では、製造現場での正規従業員の比重は依然として大きい。濱口氏は「日本車メーカーが、GMやクライスラーのようなシステムを導入するだろうか」と指摘する。
(平田紀之、山崎牧子 編集:石田仁志)