[北京/香港 5日 ロイター] - 動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」の運営会社、北京字節跳動科技(バイトダンス)の創業者である張一鳴氏(38)は、これまで自らを世界的なインターネット起業家と位置付け、しばしば中国政府の関与を避けてきた。しかし、トランプ米政権からTikTok事業の売却を迫られたことで、同氏と中国政府との境界線が改めて試される事態になっている。
消息筋によると、バイトダンスは1年前、インドでTikTok事業が政治的圧力にさらされた際、中国政府から支援の提供を打診された。この時、同社は中国当局者との協議に中級レベルの職員を送り、同社としては独自にやっていきたいとの合図を送った。
<画期的な転換>
しかし、今年8月、トランプ大統領に米国でのTikTok事業を禁止するとの脅しをかけられる中、張氏はこれまでの軌道を修正した。消息筋2人によると、張氏配下のチームがワシントンで、同氏の代理として崔天凱・駐米大使と面会することを求めたという。
政府や業界の消息筋によると、張氏側としては大使に助言を求めるため非公式に意見交換することを望んだだけだったが、張氏からのアプローチは画期的な転換と見なされた。
大使館側はバイトダンスのチームに対し、北京の中国外務省と連絡を取るよう指示した。それ以上の協議は行われず、大使と張氏が直接話すこともなかったが、中国政府はこうした姿勢を、バイトダンスが支援の受け入れにも前向きな合図と解釈した。
中国政府は8月28日、TikTok問題を巡り攻勢に出た。ハイテク輸出規制リストの見直し発表に踏み切ったのだ。同事業売却への中国規制当局による監視につながると専門家は懸念する、
関係者の一人は、中国政府が米中の戦略的競争に巻き込まれている民間企業の味方であるということをバイトダンスへの支援によって示そうとしている、と指摘する。
中国外務省報道官はバイトダンス問題への関わりについて、具体的なことは承知していないと述べた上で、米国は国家安全保障の概念を大げさに振りかざし、米国の力を乱用しているとした。
一方、米政権の高官は、中国は何年もフェイスブックやツイッターといった米ハイテク企業を自国市場から排除してきたと指摘し、米国の行動は市民の個人情報を保護するためのものだと話した。
<政争の具>
事情に詳しい中国政府関係者によると、政府は当初、中国の利益を損なうと見なされる外国の企業、団体、個人を標的にした制裁リストの開始を急ぐ考えだった。しかし、これは米政権との緊張をエスカレートさせるとして却下され、代わりに先週のハイテク輸出規制リストの見直しが導入された。
消息筋によると、この見直しを張氏は事前には知らず、会社としてはあくまで、独自に自由に決定するのが望ましいとの立場をとっていたという。しかし、中国政府の見直し決定が、既に紛糾していたTikTok売却交渉を妨害することになり、場合によっては合意成立をぶちこわす可能性さえ出ているという。
関係者によると、バイトダンスはなおも、政争の具にはなりたくないと強く望んでおり、中国政府の支援に頼るのでなく、法的手段を使って問題を解決したいと考えている。
同社はトランプ大統領の命令の一部を阻止すべく米国で訴訟に動いている。同社のために中国政府が口先介入をしても、同社による他の国の市場参入をそれほど助けることにはならないとの中国の識者の見方もある。
<独自路線の張氏>
張氏は中国の他の大手IT企業経営者とは一線を画し、独自路線を貫いてきた人物だ。電子商取引大手アリババ・グループ・ホールディングの共同創業者、馬雲(ジャック・マー)氏や、ネットサービス大手、騰訊控股(テンセント) (HK:0700)の創業者の馬化騰(ポニー・マー)氏、検索エンジン大手の百度(バイドゥ)の創業者、李彦宏(ロビン・リー)などは中国政府との関係が緊密だ。馬雲氏は共産党員で、馬化騰氏と李彦宏は人民政治協商会議のメンバーだ。
張氏はいずれでもなく、他の中国インターネット企業が海外市場から手を引き、国内市場に特化することを選んでも、自分は世界市場での成長を重視してきた。
今年、中国事業の幹部を入れ替えることで、同氏はバイトダンスの海外事業への自身の責任を大きくするようにしたほか、主要な研究施設や経営決定機能を海外に移し始めていた。3月の公開書簡では、昨年の同社支出の3分の2が海外向けだったことも明らかにしている。
消息筋によると、張氏は最近、米国のシンクタンクや元政府当局者など約10人に、個人的にアドバイスを求めていた。
TikTokが個人データ収集と政治的内容の検閲で米国民を危険にさらす恐れがあるとする米国側の懸念を和らげるべく、多くの手だても講じていたという。
(Yingzhi Yang記者、Yew Lun Tian記者、Julie Zhu記者)