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特別リポート:自由を失う香港、引き裂かれる家族と社会の絆

発行済 2020-12-30 11:40
更新済 2020-12-30 11:46
© Reuters. 特別リポート:自由を失う香港、引き裂かれる家族と社会の絆

Pak Yiu Marius Zaharia

[香港 22日 ロイター] - 香港に立ち並ぶ高層マンションの一室、狭いキッチンに広東料理の濃厚な香りが漂っている。秋の訪れを告げる中秋節の時期、香港では家族や親戚が集まり、月を眺め、月餅や料理を楽しみながら団らんのひと時を共にするのが恒例だ。

しかし、アサ・ライさん(41)にとって、この日は、生まれ育った香港を去る前に、両親との別れを惜しむ辛い晩餐になった。

アサさんが夫のウィリーさん(46)とともに、3人の娘を連れてスコットランドへの移住を決意したのは1年以上前だが、いまでも後ろ髪を引かれる思いは消えていない。だが、かつての自由を失いつつある香港に、自分たちや子供たちの将来を託すことはできないだろう。そう思いあぐねた末の身を切るような決断だった。

「娘や孫に会えないのは悲しい。行って欲しくはない。やるせない気持ちだ」とアサさんの母、エイダさんは目頭を押さえた。「考えたくない。考えると泣いてしまうから」

<香港の変貌に幻滅>

香港の自由に対して中国政府が圧迫を強める中、香港ではこうした居心地の悪い夕食時の会話や家族の辛い離別がますます増えている。中国政府は6月、広範に適用される国家安全法を施行して権威主義的な方針を強化した。同法のもとで続く反体制派に対する容赦ない弾圧に終息の気配は見えていない。

香港の典型的な中産階級であるライ家は、政治的には穏健で、訴追を恐れて国外に逃れる反政府デモの参加者や活動家らとは違う。にもかかわらずアサさん一家が香港を離れようと決めたのは、愛する故郷の様変わりした姿に幻滅したからだった。

「これまでに起きたすべてのことの積み重ねだ。(香港が)どんどん悪くなっていくように思えた。厳密にどの瞬間に決意したとは言いにくいけれど、あえて言えば、言論の自由が縮小しはじめた時だろうか」とアサさんは振り返る。

<「安定回復」に胸を張る当局>

ロイターでは、アサさん一家の辛い決断を5カ月にわたり取材してきた。そこから見えてきたのは、自由を求める人々の大量流出が家族の分断やコミュニティーの動揺を生み、社会を深く傷つけている香港の現状だった。

香港の当局者は、人権と自由が損なわれることはない、と明言し、国家安全法は社会の安全・秩序を維持するために必要だと主張する。当局側から見れば、抗議行動の参加者はレンガや火炎瓶を警察に投げつけ、鉄道駅の出入り口に放火し、親中派の人物と関係があると見なされた銀行支店や店舗を略奪した不穏分子だ。

警察が催涙ガスや放水銃を使用することも多くなり、主要な民主派活動家を含め、逮捕者は約1万人に及んだ。抗議の際に使われるスローガンや歌は違法と断じられた。

「国家安全法の施行により、この1年の混沌たる状況と深刻な暴力が食い止められた。安定が戻り、香港への信頼感が増した。香港は正常な機能を取り戻した」と行政府広報官は胸を張る。香港住民の海外移住が増えていることについては、雇用や教育、ビジネス、それ以外の個人的な理由とともに、「(昨年の)抗議行動と無政府状態」が動機の1つになっている可能性がある、と指摘した。

ロイターは中国の内閣に相当する国務院のもとに設けられた香港マカオ事務弁公室、香港に駐在する中央政府の出先機関のトップである駐香港連絡弁公室にもコメントを求めたが、回答は得られなかった。

<過去のピークに匹敵する脱出規模>

香港の治安が回復したとする当局の見解をよそに、ライ夫妻と同様、海外脱出を計画する香港住民の動きはさらに広がりそうだ。

それをうかがわせるデータのひとつは、英国政府による「海外在住英国民(BNO)」資格のパスポート発行件数だ。このパスポートは、植民地時代には市民権取得への道を開いたという歴史的経緯のある書類で、英国政府当局者によると、今年に入ってからの発行件数は20万件以上にのぼっている。

香港市民は現在、540万人がBNOの資格を有しており、英内務省では2021─25年に32万2000人が英国に移住すると試算している。来年1月以降、BNO有資格者は5年間英国に滞在することができる。5年経過後は要件を満たしていれば在留許可を申請でき、いずれは市民権も取得可能になる。

移住先として香港市民に人気があるのは、英国以外ではカナダとオーストラリアだ。移住斡旋事業者や引っ越し事業者によれば、両国とも国家安全法の施行を受けて、香港市民に対するビザ発給条件を緩和したという。

カナダの移民当局によると、香港市民によるカナダのビザ申請件数は昨年10%以上も急増し、8640件に達した。2020年1─9月の数値に基づいてロイターが試算したところ、今年はほぼ25%を超す増加率になりそうな勢いだ。一方、オーストラリア政府は7月、香港出身者による市民権取得に関して新たな規則を発表し、オーストラリア国内の香港パスポート保有者2500人以上についてビザの有効期限が延長された。

香港住民の海外への大量脱出は過去にも例がある。香港行政府の推定では、1987年から1996年にかけて香港を離れたのは約50万3800人。ピークの1992年には、その年だけで6万6000人以上にのぼった。1989年、天安門広場における民主化運動の鎮圧という流血の惨事の衝撃がなお続いていた時期だ。

今回の香港脱出の規模は、1997年の返還に至る10年間に生じた香港からの大量脱出に匹敵しかねない。その影響について、カナダのブリティッシュコロンビア大学で香港研究イニシアチブを主宰するレオ・シン准教授は、仮に数万人ないし数十万人の中産階級が香港を離れることになれば、「明らかに、専門的な能力と地元に関する知識が大きく失われることになる」と危惧する。

「ミクロレベルでは、ソーシャルメディアその他のテクノロジーが利用できるとはいえ、家族や社会の絆が避けがたい打撃を被るだろう」

<若者の将来が見えない>

昨年6月の大規模デモ行進に家族とともに参加したとき、アサさん、ウィリーさん夫妻は、中国統治下の香港が、民主主義の拡大に向けて歴史的な変化を遂げようとしているという希望を抱いていた。

だが当局は強硬姿勢を崩さず、デモはますます暴力的になっていった。ライ家にとって、市街の混乱と政府の反応は、香港が期待とは逆の方向に向かっているように感じられた。

「これはもう我慢できない、もうここには住みたくないと思った」とアサさんは言う。「多くの市民が声を上げているのに、政府はそれに応えようとしない。時間が経つにつれて、ニュースはますます憂鬱なものになっていった」

そして、抗議の声をあげた若者たちへの思いも強まった。「あの子たちは私自身の子どもではないとはいえ、香港の若者たちにとって将来への道が見えないというのは――」とアサさんは言いかけ、そのまま嗚咽した。

夫のウィリーさんが後を引き取った。「若い世代が声を上げることを恐れるようになれば、ここは彼らにとってふさわしい場所ではなくなる。この時点で私にできることは、自分の子どもたちを守り、彼女たちをもっと適切な環境で育てることだ」

昨年8月までに夫妻の心は決まっていた。3人の娘、12歳のユーニスさん、11歳のキャリスさん、1歳のヤニスちゃんに、自分たちが育ってきたときに感じていた自由を味わうチャンスを与えるためには、香港を離れなければならない。

それは「ひどく大変な」決心だった、とアサさんは言う。2人とも安定した仕事があった。アサさんは23年間看護師として働き、最近ではがん患者支援団体に勤めていた。子どもの頃、飛行機が着陸するのを見たくて香港の丘の上に登っていたウィリーさんは、今では航空機整備会社で航空機部品の輸出入を担当する恵まれた仕事に就いている。

彼らは両親や友人、教会の仲間を後に残していくことになる。夫妻も子どもたちも英語が流暢というわけではない。彼らはユーチューブの英語教育チャンネル「イングリッシュ・アンド・ルーシー」を見て、発音からアクセントまで学んでいる。英国で最も融通の利かないアクセントで知られる街の1つであるグラスゴーに向かう家族にとっては良い教材だ。

毎年クリスマスには、ライ家とアサさんの幼なじみのアデリンさん、フローレンスさん、イブさんの家族が大集合してディナーを食べる。

今年のホストはアデリンさんだった。移住するライ家の引っ越しに合わせて3週間前倒しになったにも関わらず、自宅はクリスマス一色だった。リビングの角には大きなクリスマスツリーが飾られ、LEDのモニターには暖炉の火の映像が流れ、BGMでクリスマスキャロルが流れていた。

アサさんは既に移住している友人から送られてきた画像を見せながら、「グラスゴーでは雪が降っている!とても美しい」とおしゃべりをした。香港では、夜の気温が初めて20度を下回った週末だった。

友人のアデリンさんが取り出したケーキには、「一家の新しい、より良い人生を願って」とチョコレートで書かれており、アサさんには幼なじみがそろって写っている過去7年の写真が入ったカードが渡された。アサさんの目に涙がたまった。

「実は私たちからも渡したいものがある」とアサさんは言いながら、3つの黒い箱を出した。中には、中国語の繁体字で「コリント人への手紙 13:7」が彫られたお守りが入っていた。

「すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える」

<どこにたどり着くのか>

三世代で過ごす最後の中秋節の夜、アサさんは父親にスコッチウイスキー「キングロバート」のボトルを贈った。「気に入って、もっと飲みたくなったら、スコットランドに来ないとね」

手を取り合い、炒め物や汁物、蒸したアラなどの料理が盛られた夕食の席に着き、アサさんは食前の祈りを唱える。

「香港を離れようとする今、私たちがどこにたどり着くのか分かりません。それでも、主が私たちを導き、慈しんでくださることを信じます。主に感謝します。アーメン」

グラスを掲げて家族で乾杯した後に沈黙が訪れた。それを破ろうと、アサさんは娘たちに言葉をかける。「おばあちゃんの醤油鶏はとても美味しいでしょう。食べられなくなるのは残念だね」

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だが母親のエイダさんは視線をそらし、急いで話題を変え、食品の値上がりを口にした。

(翻訳:エァクレーレン)

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