今、米国では大統領選挙までに有効になったら、これまでの常識や前提が崩れる協定が結ばれつつある。
これはいわゆる「州際協定」(interstate compact)であり、現時点で州の立法を通っているものも含めると2020年の大統領選挙までに間に合う可能性がある。
では、この協定はなんなのか。
協定の名前は「全国一般投票州際協定」(National Popular Vote Interstate Compact)と呼ばれるもので、結論から言うと州の選挙人団を通じて大統領を選出するというやり方を事実上、憲法改正を経ないで破壊する方法である。
おさらいをすると、米国の大統領選というものはいわゆる一般選挙、直接投票(例えば、台湾の総統選挙のように)ではなく、「州」(+コロンビア特別区、プエルトリコは含まない)が「州連合体」としての「連邦」の、「委員長のような人=大統領」を選ぶ行為である。
なぜこうなったのかは長くなるので省略するが、憲法制定当初における連邦政府の権限と州主権との間のバランスで合意にいたったものである。
選挙人団は総数538である。
選挙人の割り振り方は基本、州の人口比率に合わせたもの+2の選挙人である。
余談になるが、この「+2」で小さい州がその住人数以上に強い大統領を選出する力を持ってしまうことから、選挙人という制度に反対という立場の人間はいる。
選挙人団制度における重要な憲法上の前提として、州がどのように票を入れるのかは自由である。
極論すれば、州が住人の思惑とは全く違う票の入れ方をしても憲法上問題ない。
選挙人票の入れ方については、大半の州が一つの小選挙区ブロックのように機能し、州全体の一般投票(これがいわゆる一般庶民も参加するテレビで見る大統領選)を見て、「州内」で過半数に達したほうの候補者に選挙人の票を「全部」入れる。
ただし、州によっては州内の一般投票に準じた方法で選挙人票を出すところも若干ある。
州の選挙人の入れ方がこうであるため、8割がおおむね国民の考えと比例するが、2割ほどが比例せず、国民全体の票数とは違う結果を出してしまうということを引き起こし、大統領選を左右してしまう「スイング・ステート」が出てきてしまう。
なお、この一見して不合理なやり方は、実は憲法の制定当初から想定されていることである。
これは国民・州・連邦の間の徹底した分権とバランスから起因していることから、一般投票と大統領選出にいたるまでの過程が「完全に比例する」のは憲法設計であえて回避している。
理由としては、直接民主制(は腐敗するため)ではなく、「共和国」を作っているという自負から来ているが、端的に言えば「人民・大衆は信用できない」ということだ。
比例しないことは合憲であり、むしろ憲法の基礎であることを連邦最高裁判所も認めている。
選挙人団の方法が、比例を重視する感情が強いことと全国投票の過半数とは違う大統領が選出されたことが最近あった(2000年ジョージ・ブッシュ、2016年ドナルド・トランプ)ため、選挙人制度を改めようという声がある。
しかし、憲法改正を行う際、最終的には4分の3(現在38州)の州議会を通るか、4分の3州による過去一回しか行われなかった「批准大会」を以て通す必要が行う。
憲法改正のハードルが高いため、選挙人制度を変えることはほぼ不可能と思われる。
この背景において「全国一般投票州際協定」は生まれた。
全国一般投票州際協定は三つの条件から成り立つ。
・選挙人団に対する憲法による保護は変更できない。
・州はいかようにも選挙人票を入れることができる。
・全国一般投票州際協定批准州は選挙人票を「全国」一般投票において最も票の多い大統領候補に入れることを保障する。
三番目の前提・条件については、州内と全国の投票が一致しない(例:全国で見るとA候補であるが、州内ではB候補に対する圧倒的支持である)場合、個別の州が統一戦線を組まないで、一つ一つの州が協定に基づいて全国一般投票に合わせた選挙人票の入れ方を行ったら、州住人が反発する政治的な自殺行為になる可能性が高い。
個別の州が勇み足で自滅することを止めるために、この協定は上記の三つの条件に加えて、協定の発動条件がある。
協定批准州の合計選挙人数が選挙人団の過半数を支配することによって、初めてこの協定効力が発動される。
よって、協定批准州の選挙人数合計が過半数にいたらない場合、協定に批准していたとしても今まで通りの大統領選出行動をとるということになる。
現時点では、理論的に州の立法を通過最中の州も入れると、選挙人団の過半数を占める州がこの協定を結んだか結ぶことを検討している段階にあるため、2020年の大統領選挙に全国一般投票州際協定が有効になる可能性が大いにある。
実際、協定批准州の選挙人数合計が選挙人団の過半数に至った場合どうなるのか。
理論上、州内の一般投票だけではなく、「全国」の一般投票を見て、過半数に達した候補に入れるため、事実上、憲法改正を行わないで選挙人団を無力化することになる。
以上を踏まえると、次回の大統領選挙ではトランプ優勢という考えがある場合、この全国一般投票州際協定によってこのトランプ優勢の理屈が揺れると思われる。
前回の選挙では、全国の一般投票数を見ると、トランプは劣勢であり、選挙人団方式の「歪み」によって当選したという見方ができる。
全国の一般投票数と実際の大統領選出をなるべく一致させるという試みがこの協定の趣旨であるため、全国の一般投票の傾向が前回と同じであればトランプの再選出は難しくなると考えられる。
余談ではあるが、この州際協定以外にトランプ再選出を左右することができる「不誠実な選挙人」の問題がある。
「不誠実な選挙人」は、選挙人票としての誓約とは違う候補に入れる選挙人である。
トランプが選出された大統領選時で「不誠実な選挙人」が急激に増えたため、不誠実であることが合憲、広義において許されるかどうかが連邦最高裁判所で争われる。
争われる内容としては、誓約に基づいて票を入れる必要があるのか、そして州は選挙人を任命するまでの力しかないのか。
最終的には、選挙人の投票行動を制限できるかどうかが論点となっている。
連邦最高裁は今年の大統領選挙前までに結論を出すということになっているため、選挙人が好き勝手に投票を入れることができるかどうかもまた、今後の大統領選挙を左右する非常に不安定な要因の一つになると思われる。
地経学アナリスト 宮城宏豪幼少期から主にイギリスを中心として海外滞在をした後、英国での工学修士課程半ばで帰国。
日本では経済学部へ転じ、卒業論文はアフリカのローデシア(現ジンバブエ)の軍事支出と経済発展の関係性について分析。
大学卒業後は国内大手信託銀行に入社。
実業之日本社に転職後、経営企画と編集(マンガを含む)を担当している。
これまで積み上げてきた知識をもとに、日々国内外のオープンソース情報を読み解き、実業之日本社やフィスコなどが共同で開催している「フィスコ世界金融経済シナリオ分析会議」では、地経学アナリストとしても活躍している。
(写真:AP/アフロ)