[ノイダ(インド) 23日 トムソン・ロイター財団] - 商品の果物を積んだカートに、焼けつくような陽光が襲いかかる。モハマド・イクラルさん(38)は、また今日も傷んだマンゴーやメロンを何十個も廃棄することになるのでは、と気を揉んでいた。前代未聞の熱波に襲われている今月のインドでは、そんなことも日常茶飯事だ。
イクラルさんは冷蔵庫を持っていないため、果物はすぐだめになってしまう。1日の終わりに売れ残った果物があれば、そこらを歩く野良牛の餌にするくらいが関の山だ。
4月以来、損失は週3000ルピー(約4900円)にも達している、とイクラルさん。毎週の平均収入の半分近い額だ。
「この猛暑は拷問だ。でも、いつかエアコンや冷蔵庫を買いたいので、商売をやめるわけにはいかない」 摂氏44度の暑さの中、日光を遮るため長袖シャツを着て、頭部に白い布を巻いたイクラルさんは語った。
23日の朝早く、ニューデリー一帯に降った激しい雷雨のおかげで、焼けつくような気温は約20度まで下がった。民間気象予報機関スカイメットでバイスプレジデントを務めるマヘシュ・パラワット氏は、「しばらくは」この地域に熱波が再来することはないだろうとSNSに投稿した。
しかし、インド気象庁によれば、気温は再び上昇し始め、週末には40度前後にまで上がるという。
23日の嵐は、首都の大部分で停電を引き起こした。この夏、イクラルさんにとってはすでに慣れっこになったトラブルである。
イクラルさんは家族とともにニューデリーの衛星都市ノイダにあるワンルームの家で暮らしているが、昼夜を問わず何時間も停電に見舞われ、天井の扇風機は役立たずになってしまっている。
3人の子どもたちは、エアコンがあり、猛暑を逃れられる学校に通わせている。
「昼と言わず夜と言わず、ずっと汗をかきっぱなしだ。暑さをやり過ごす良策は無い。この暑さは、8年前にこちらに引っ越してきて以来初めてだ」
イクラルさんの例は、広い範囲で停電が発生する中、涼をとる手段のないインド人が直面する脅威の一端を示している。
インド全土では、猛暑と扇風機や冷蔵庫など冷却機器の不足により、約3億2300万人が高いリスクにさらされている。国連が支援する組織SE4ALL(万人のための持続可能なエネルギー)が先週発表したリポートで明らかになった。
インドを筆頭とする「危機的な」国のリストには、中国、インドネシア、パキスタンといった国が挙げられている。これら諸国は、熱中症を直接的な原因とする死亡から、食料安全保障や所得への影響に至るまで、暑熱由来の危険に直面する人口が最も多い国々だ。
ニューデリー地域の気温は5月半ばに一部地域で摂氏49度以上にまで上昇した。インドは過去122年で最も暑い3月を経て、4月にも尋常ならぬ暑さに見舞われている。
6月になればモンスーンによる降雨の到来で、気温は低下すると予想されている。
<憂慮すべきヒートアイランド現象>
エアコン使用の急増によりインドの電力需要は過去最高を記録し、ここ6年以上で最悪の電力危機を招いた。
だが、イクラルさんの例に見るように、誰もが暑さに対処できるわけではない。
SE4ALLによれば、インドのほぼすべての家庭では電気を利用できるが、何らかの冷房機器を所有しているのは、14億の人口のごく一部にすぎない。
SE4ALLでエネルギー効率・冷房部門を率いるブライアン・ディーン氏は、これから数年間は冷房需要が増大するため、すでに無理を強いられているインドの電力システムへの圧力が高まるとともに、地球温暖化ガスの排出量が増大する可能性がある、と語る。
ディーン氏はトムソン・ロイター財団に対し、「(このことが)より長期にわたる、さらに極端な熱波のリスクを深刻化させることになる」と述べた。
同氏は関連当局に対し、2019年策定の「インド冷却行動計画」の実現を急ぐよう呼びかけた。この計画は、新しい冷房テクノロジーの開発や、自然な換気機能を持つ建築設計といった対策を通じて、2038年までに冷房需要を最大25%削減することをめざしている。
科学者たちは、夏の猛暑が早くから始まったことを気候変動と関連付けて考えており、インドと隣国パキスタンに住む10億人以上が、何らかの形で猛暑によるリスクに晒されていると語る。
SE4ALLは、南アジアのムンバイやダッカなど他の多くの都市と並んで、冷房の不足によるリスクが最も高い場所として、パキスタン最大の都市カラチを挙げている。
そのカラチで活動する都市計画コンサルタントのファラーン・アンワル氏は、猛暑の主な犠牲者はカラチ市内の貧困層であり、コンクリート中心の都市景観が気温を押し上げる、いわゆる「都市のヒートアイランド効果」が猛暑の原因になっている可能性が高いと話している。
<今すぐの行動が必要>
インドでは、政府統計によれば3月下旬以降で少なくとも25人が熱中症で死亡している。過去5年で最も多い数だ。
インド西部、グジャラート州ガンディナガールにある私立大学、インド公衆衛生大学のディリープ・マバランカール総長は、この公式統計は「氷山の一角」を示しているだけだと指摘する。
多くの場合、暑さは「目に見えぬ殺人者」であり、死因として特定することは困難だとマバランカール氏は語る。暑さは健康状態の悪い人や高齢者に打撃を与えることが多く、狭くて換気の悪い屋内に閉じこもっていることで、間接的に暑さの影響を受けることによる死亡もあるからだ。
暑さによる死亡例の9割は、そうした猛暑による間接的な影響によるものだ、と同氏は言う。つまり、インドでは実際の総数のうち約1割しか猛暑による死亡にカウントしていない可能性が高いという。
マバランカール氏は2013年、グジャラート州アーメダバードで、南アジア初の「猛暑対策計画(HAP)」の実施に協力した。それに先立つ2010年の熱波では、この街で1300人以上の犠牲者が出た。同氏は、HAPは毎年最大1200人の生命を救っていると語る。
HAPでは、猛暑に関する早期警報を携帯電話に送信するなどの取り組みを行っており、熱波の影響を受けやすい20数州、130カ所以上の都市・地区に拡大している。
またHAPでは、エアコンの効いた公共施設や店舗、ショッピングモール、寺院、公園など「冷房センター」で熱波をやり過ごすよう人々に勧めている。こうした場所のおかげで命が助かる人々もいる。
マバランカール氏とSE4ALLのディーン氏は、低所得層の住宅などの温度を下げるために、反射性の表面素材・塗装を行った「冷却屋根」の利用拡大をよびかけている。
マバランカール氏は、さらに暑くなる世界で貧困層や弱者が生き延びるのを支援するために、耐熱住宅の建築から緑地の拡大に至るまで、迅速な行動が必要だと語る。
「将来的には、夏の気温が3-5度上昇しても不思議はない」と彼は警告する。
「いますぐ備えなければならない」
(Annie Banerji記者、翻訳:エァクレーレン)