Michele Bertelli
[アッビアテグラッソ(イタリア) 13日 トムソン・ロイター財団] - イタリア北部の農家、アレッサンドロ・サルモイラーギさん(49)はキウイフルーツを栽培している。だが、果樹園に水を送る用水路からは、ポタリポタリと頼りなく水が滴るだけだ。
「水不足は慢性的な問題になっている」とサルモイラーギさん。「作物を多角化しても、『水がなければ命なし』で、何も採れやしない」
サルモイラーギさんが4代にわたり農業を営んでいるカッシーノ・サン・ドナートは、ミラノから西に車で1時間。通常は緑豊かな平野で、穀類、野菜、キウイを主力とする果物を中心とする24ヘクタールの畑作地域だ。
「以前はもっと水量豊かだった。今はチョロチョロと流れているだけだ。明日にでも水を使う農家があと1軒増えれば、流れはあっさり止まってしまうかもしれない」とサルモイラーギさんは農場で語る。農場には、果物や野菜、ジャムを販売する店舗もある。
欧州の広い範囲で、気候変動による異常気象の発生が増えている。以前より長期かつ深刻な干ばつと猛暑が発生し、農作物の不作に拍車をかけている。
この状況は、サルモイラーギさんのような農家や、食料や生活を欧州域内の農業に頼っている何百万人もの人々にとって大きな脅威だ。イタリア政府としても、水利権争いへの対応やインフラ更新のために新たな措置を講じざるを得なくなっている。
サルモイラーギさんは、「この10年で気候は変わってしまった」と言う。冬の厳しい寒さや朝の降霜が見られなくなったのだ。
例年なら緑豊かな平野にあるサルモイラーギさんの農場を潤すのは、イタリア最長の河川ポー川の主要な支流の1つ、ティチノ川に流れ込むスイス・アルプスの氷河からの雪解け水だ。
だが、北部イタリア一帯で冬季の降水量が乏しく、アルプス地域にもほとんど雪が降らなかったせいで、氷河に蓄えられる水は補充されなかった。2022年は過去70年で最悪の干ばつに見舞われたが、今年は春の訪れとともに新たな被害が懸念されるようになっている。
ポー川流域に広がる広大な渓谷地帯は、アルプス南部とイタリア北西部の対フランス国境から東部のアドリア海沿岸へと約650kmにわたって続いており、イタリアの農業生産の約3分の1を担っている。
昨年は、流域のあちこちで、川底を歩いて渡ることができた。泥の中から第二次世界大戦の時に沈んだ船が干上がった姿を高くさらし、水位は通常ゼロと見なされるレベルを下回った。
イタリアだけの問題ではない。フランスやスペインでも農業生産に影響が出ている。国連食糧農業機関(FAO)は、世界全体では、重大な、あるいは非常に重大な水不足に直面する地域で32億人が暮らしていると指摘している。
ミラノを州都とするロンバルディア州のアッティリオ・フォンターナ知事は先月、同州の貯水量が平年同時期の半分以下であると明かした。
イタリアの主要農業団体「コルディレッティ」は、農業セクターが昨年被った損失を約60億ユーロ(約8820億円)とし、干ばつが終息しなければ30万件の事業体がさらに損失を被ると予測した。
だが専門家によれば、干ばつが終息するためには、現時点から5、6月までの期間、ほぼ毎日雨が降り続ける必要があるという。その頃になると、農家の大半が畑に水を引きはじめる。
「晩春に降雨が見られなければ、昨年のように緊急事態に入り、かんがいの時期を先送りすることになる」と、同州の水利責任者であるマッシモ・セルトリ州議会議員は指摘した。
<イタリア食品産業も危機に>
欧州連合におけるコメ生産の約50%はイタリアによるものだ。だがコルディレッティは、干ばつを理由に農家が作付面積を減らしているため、今年は生産量が減少すると警告する。イタリアのコメの約94%はロンバルディア州とトリノを中心とするピエモンテ州で栽培されている。
他の作物も危ない。
コルディレッティのエコノミスト、ロレンツォ・バザーナ氏は「特に心配なのは春まきの作物。あとは野菜と果物だ」と語る。
「1年の中でもこの時期には、農家はトウモロコシ、ダイズ、ヒマワリ、コメの種をまき、トマト、ジャガイモの植え付けも始まる。どれも以前より高いリスクにさらされている」とバザーナ氏は言う。
農家が耕作規模を縮小すれば、農業の供給網全体への打撃となりかねないい。たとえばトウモロコシは豚や牛の飼料として重要であり、世界的に有名なイタリア産のハムやチーズの供給を支えている。
イタリアは昨年、610億ユーロ相当の食品と農産物を輸出した。これは国内総生産の15%を占める。
だが、サルモイラーギさんの農場では、昨年トウモロコシの収量が約30%低下した。いずれ水不足が「ニューノーマル」になりはしないかと気を揉んでいる。
「国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の最新の報告では、異常気象の増加とともに、ポー川流域の渓谷地域での降水量は、今後数年でさらに大きく変動すると予測している。
公益事業体の連盟「ユーティリタリア」によれば、深刻な干ばつはすでにロンバルディア州とピエモンテ州の町の6%に影響を及ぼしており、そのうち19の町は最悪水準の水不足に見舞われているという。
ユーティリタリアは、早くも給水車が活動している町もいくつかあるとしている。
ポー川流域管理局で事務局長を務めるアレッサンドロ・ブラッティ氏は、「状況は依然としてきわめて深刻だ」と語る。
<頼みの綱は湖>
2022年、干ばつの影響を緩和するために役立ったのは、大きな湖から引いた水だった。だがポー川流域管理局によれば、最終的にポー川へと流れ込むガルダ湖では、水位が通常の半分以下になっているという。
これを受けて、メローニ伊首相は先月、全国の貯水量を監視する対策室を立ち上げたほか、この問題を主管する国家委員を任命する方針だ。
この国家委員は水資源管理の問題に介入し、国家機関のあいだの調整を行う権限を持つ。内閣は先週、手続きを簡素化して水インフラ整備事業の加速を図るため、一連の短期的対策を承認した。違法に水を引いた者は、最高5万ユーロの罰金を課せられることになる。
貯水量の不足は大問題だ。エナジー・アンド・ウォーター財団とコンサルタント企業プロジャーが行った新たな研究によれば、イタリアの降水量は年間で平均3010億立方メートルだが、回収・再配分されている水はそのうちの11%にすぎないという。
またこの研究では、イタリア国内531カ所の大規模ダムは、技術的な問題や投資不足のために、満水時よりもはるかに低い水位で稼働していることも分かった。
地方レベルでは、ロンバルディア州政府が水道会社と水力発電事業者に対し水の使用量を抑制するよう要請している。
「エネルギー生産を妨げることなく湖を満水にできるようなバランスを探っている」と、前出の同州の水利責任者セルトリ氏は語る。
同州は貯水量を拡大するための改修工事を進めており、長期的には、湖が貯水量を増やす鍵になるとセルトリ氏は見ている。
農家は、こうした対策による効果が現れるのを待ちつつ、それぞれに対応策を模索している。
前出のサルモイラーギさんは昨年、これまでより効率のよい新たなかんがいシステムを導入した。作物価格の値上がりにより生産性低下が相殺されたことにも救われた。
今年もすでに、水をあまり必要としないダイズなどの作物の種を多めにまいている。
今のところ、サルモイラーギさんは、想定される損害を抑えることだけを考えている。「育てやすい作物を選ぶべきだ。状況が悪化しても、とりあえず失われるのは収穫1回分だけで、シーズン全体がダメになるわけではないから」
(翻訳:エァクレーレン)