[ムンバイ/ラゴス(ナイジェリア)/ロンドン 28日 トムソン・ロイター財団] - 深刻化する猛暑の被害は、女性に偏る可能性が高い、と研究者らが警鐘を鳴らしている。温暖化が進み、より頻繁に熱波が到来することに伴って、労働や収入、生活を脅かされることになるという。
米非営利組織アドリアン・アーシト・ロックフェラー財団レジリエンス・センター(アーシト・ロック)が「酷暑格差」と題して発表した報告書は、気温上昇による影響は、女性の方がはるかに危険度が高く、損失も大きいとしている。
同報告書は、インド、ナイジェリア、米国のデータを分析。気温が高い年には3カ国で年間20万4000人の女性が猛暑によって命を落とす可能性があると予測している。
「猛暑は世界中で、静かに、だが着実に、女性に残酷な被害を及ぼしている」とアーシト・ロックで責任者を務めるキャシー・マクラウド氏は言う。報告書は、温暖化によって女性が「二重苦」に直面していると指摘している。
「女性の方が暑さで体調を崩すリスクが高いだけでなく、無報酬と有給の別を問わず、他の熱中症患者の世話を期待されるケースが偏って多い」
熱波により、最高気温は世界中で更新され続けている。主に石炭や石油、ガスの使用による温室効果ガスの排出は止まらず、世界の気温は今後、これまでにない水準にまで上昇するだろうと複数の研究者が指摘する。
人々を衰弱させるほどの酷暑は、とりわけ女性に大きな打撃を与える可能性が高い。報告書によれば、屋外での農作業や、炊事や掃除といった家事労働など、より長時間にわたって働く必要に迫られる一方で、それによる収入は減るか、全くないことも考えられるという。
「貧困にあえぐ女性はさらなる苦境に陥ることになる。貧困状態から逃れようとしていても、押し戻されてしまう」と、マクラウド氏は懸念する。
<冷却設備不足も女性に多大な影響>
報告書はインド、ナイジェリア、米国における熱波の平均日数は2050年までに2倍になると予測し、熱波が生産性に与え得る打撃について、最も貧しく疎外されたコミュニティーで暮らす女性ほど深刻な被害を受ける可能性が高いと指摘した。
無報酬の家事労働や、家庭用の冷房器具を使用できないことによる生産性の損失を調査したところ、上記の3カ国を合わせて毎年約1200億ドル(約17兆2600億円)に上るという。
国連の支援を受けてエネルギーへのアクセスに取り組む団体「サステナブル・エナジー・フォー・オール(SEforALL)」は、世界中の地方や都市部で暮らす貧困層のうち約12億人が2030年までに冷却装置を使えずに生活することになると見込まれており、インド国内だけで3億2300万人がこうした状況に置かれると分析する。
こうした冷却装置には、家庭用の冷房機器や農作物のコールドチェーン(低温流通体系)などが含まれる。
女性は育児や介護、家事などに、男性の約2倍の時間を費やしている。こうした人々のうち、エアコンを持てない人々は生産性により大きな影響があると報告書は指摘している。
マラリアや黄熱病といった熱帯病の症状が暑さにより悪化しているナイジェリアなどの国では、母親が「二重苦」に直面することも多い。自分自身だけでなく病気にかかった家族の世話をすることで、無報酬の仕事を何時間も行わなくてはならないためだ。
ナイジェリアの医師らは、停電が頻繁に発生する同国の病院の換気設備を改善するよう要請したほか、妊娠中の女性が屋外で労働する場合には3時間ごとに休憩を取るべきだとしている。
「妊娠中の女性は、暑さによる死亡のリスクがより高い。気温上昇は胎児の成長に影響するほか、母体の健康を脅かすこともある」とナイジェリアの最大都市ラゴスで婦人科医として働くサミュエル・アデバヨ氏は言う。
アーシト・ロックは報告書の中で世界保健機関(WHO)のデータを引用し、ナイジェリアにおける妊産婦の死亡が年間5万8000件に上り、世界全体の母体死亡件数の20%を占めると指摘。こうした現状に暑さがさらに追い打ちをかけていると分析した。
東ロンドンで医師として勤務するセルバシーラン・セルバラジャ氏は、英国で黒人コミュニティー出身の女性が出産時に死亡するケースは白人に比べ4倍近くに上り、気候変動が現状に拍車をかける一方だと話す。
富裕層はエアコン設備や電気代を支払う余裕があるが、貧困層はそうではない、とセルバラジャ氏は言う。
「既に月に数百ポンドの電気代を支払っている中で、仮に地方自治体からエアコンを支給されたとしても、貧困層の家庭は使う気にならないだろう」
<女性に重くのしかかる「見えない労働」>
インド北部のウッタルプラデシュ州にある農場では、農家のサヴィトリ・デヴィさん(40)が、酷暑の中で懸命に働いている。同州では6月の時点で気温が44度にまで上昇し、多くの死者が出た。
インドの女性は暑さの影響で、勤務時間の5分の1近くを奪われているという。女性労働者の70%が従事する農業セクターなどでは、猛暑によって女性の賃金が貧困ラインを下回る水準にまで低下していると報告書は指摘する。
「日差しが照り付ける中での労働はもちろん苦しい。体調は悪化し、暑さで働けない間の賃金はカットされてしまう。だからといって、どうすればいいのか。お金を得るためには働かなければならない」
デヴィさんの収入は、1日8時間の労働で250ルピー(約430円)だ。
労働に詳しい専門家は、気温上昇が問題を悪化させており、地方の貧困層は特にその影響を受けていると話す。干ばつで収穫高が著しく減る中、他の仕事を求めて農村部から移住する男性が増加。女性は地方に残り、農地や家族の世話を担っている。
ケララ州を拠点とした非営利組織「移住・インクルーシブ開発センター(CMID)」のブノイ・ピーター代表は、インドの農村部で行われている農作業の多くが女性の「目に見えない労働」によって成り立っており、男性が都市部に移住している場合、その負担はさらに拡大すると指摘した。
「女性は農作業をしながら、高齢家族や子供の世話をすることになる。だが、もし彼女たちが体調を崩しても医療機関に連れてくる人はいない」
アーシト・ロックのマクラウド氏は、温暖化が経済や健康にもたらす影響を理解が広まりつつあるとした上で、問題解決に向けて早急に対応する必要があると強調した。
「排出量を考えると、この危機は悪化するばかりだ」とマクラウド氏は言う。
「猛暑の影響で誰も死なせてはならない。こうした死亡例や病気は全て、回避することができる。皆が意識することを祈るばかりだ」
(Roli Srivastava記者、Bukola Adebayo記者、Lin Taylor記者)