[東京 31日 ロイター] - 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会メンバーで経済学者の小林慶一郎慶応大教授は、ロイターとのインタビューで、行動制限の基準は医療のひっ迫状況であり、その状況を逐次発信することで市民に自発的な行動変容を促すことが望ましいと述べた。来年以降、コロナと共存する「ウィズコロナ」が始まると想定されるが、実質無利子・無担保融資の事後処理を適切に行い、成長産業へのシフトを進めることが重要だと語った。
感染力の強い「デルタ株」が引き起こした「第5波」が収束し、緊急事態宣言が全面解除されてから約3カ月。国内でオミクロン株の市中感染が確認され「第6波」への警戒が強まってきた。年明け以降、同株が面的に感染拡大した場合、政府が再び行動制限の強化を検討する可能性もある。
小林氏は、ワクチンを2回接種した高齢者もその効果が薄れる時期になってきたと指摘。まずは感染症を抑え込むためのブースター接種や、経口治療薬の開発といった医療政策を進めるとともに、病床など医療体制の充実をはかることが重要だと述べた。
一方、行動制限は「医療のひっ迫が起きるかどうかが基準となる」として即座に踏み出すことには慎重な姿勢だ。「第5波の時、8月下旬から急激に感染者が減ったが、医療ひっ迫が現実に起き、自分が感染しても診察してもらえない状況だと皆が認識したところで行動が変わった。そういう医療の状況をしっかり伝えることで、国民の意識と行動が変わるというのが一番望ましい。その方が経済への負担は少ない」と語った。
<ネックは実質無利子・無担保融資の事後処理>
オミクロン株に対する不安が去っても、「ウィズコロナ」の状況になることが想定される。この中で社会経済活動をどのように活発化させていくか。小林氏は、接触型の産業が縮小する中、非接触型の産業を成長させて雇用を吸収することがグランドデザインになると話した。例えば、外食産業はコロナ前に比べてマーケットが小さくなることが予想され、それに対応して会社や店の数を少なくし、縮小均衡の方向に行かなけれならないという。
その際には「実質無利子・無担保融資の事後処理をどのようにするかがネックになる」と指摘。その上で「生産性が低く、生き延びられる見込みが少ない企業が経済全体の足を引っ張ってはならない。不良債権処理の過程で廃業が増えても金融機関の経営責任を問わないという形で速やかな処理を促すということが必要だ」と持論を展開した。
小林氏は、感染症の影響で格差拡大がより深刻になり、生活がかなり苦しくなっている人と、それほど変わってない人に二極化していると指摘。「生活困窮者の線引きを明確にした上で給付金を実施し、社会の安定化を図った上でそれが消費に回ってくるという経済対策がいいのではないか」とも語った。
<分配政策、財源の議論を丁寧に>
年明け以降、国会で岸田政権の重要政策の審議が始まる。小林氏は、同政権が掲げる「新しい資本主義」の分配政策について理解を示す一方、「財源をしっかり議論してほしい」と注文もつけた。
例えば、マイナンバーの効果的な運用も一つの方策で「日本ではプライバシーや個人情報保護の観点から慎重な見方も多いが、銀行口座と紐づけしたマイナンバーで所得状況を把握し、適切な再分配政策をとれば、財源も抑えられるかもしれない」と提案する。
株式の配当や譲渡益にかかる金融所得課税の強化については、マーケットの活動を阻害することになるため、「フローの金融所得についてあまり制限をしないということは合理的だ」と述べた。
財政については「コロナ禍なのでしっかり出すことは理解できる」としつつ、「長期的な持続性についての議論も丁寧に行うべきだ」と述べた。「政府債務が膨れ上がり、徴税の能力を超えているとマーケットが感じるようになってくると、どこかの段階で円に対する信認の変化が起きて一段と円安が進み、大きなインフレが起きる。そういうリスクを感じている」と警鐘を鳴らした。
2022年は欧米と日本の金融政策の方向性の違いから円安圧力がかかりやすいとの見方も多い。小林氏は「来年の『ブラックスワン』はインフレではないか」とし、為替の円安が輸入物価の上昇を通じて家計所得にマイナスの影響を強めていく、そういう望ましくない形のインフレが起きる可能性に注意が必要だと話す。
小林氏は、最近、低金利の状態を何十年と続けることが不況を長引かせているのではないかという研究も出てきていると指摘。日銀が今まで20年ゼロ金利政策をとってきたことを踏まえれば「そろそろ政策を見直してもいいのではないか」と述べた。
*インタビューは23日に実施しました。
(杉山健太郎 編集:石田仁志)