[ロンドン 24日 トムソン・ロイター財団] - アイルランドの首都ダブリンが「セントパトリックデー」の祝日でにぎわった先週──。酒盛りをする人々に交じり、ほほにウクライナ国旗をペイントした小さなおさげの少女が立っていた。大きすぎる緑色の帽子は、今度入った学校からの贈り物だ。
8歳のバルバラ・コスロフスカさんは、ウクライナを逃れた150万人余りの子どもの1人。1カ月前に始まった戦争は、第2次世界大戦以降で最も急拡大する難民危機を欧州にもたらした。
アイルランドからポーランドに至るまで、各国はクラスの拡大、ウクライナ人教師の登録手続き迅速化、授業内容の翻訳、オンライン授業の提供など、祖国を離れた児童が教育の機会を失わないための取り組みを進めている。
バルバラさんと弟のプラトン君(5歳)、いとこのイワン君(9歳)、イゴール君(7歳)の4人は、ウクライナの首都キエフから長旅を経てアイルランドに到着。その数日後には新しい小学校に通い始めた。
バルバラさんの英語はほんの片言だが、それでも満面の笑顔で堂々とトムソンロイターのオンライン取材に答え、新しい生活について話してくれた。
「女の子全員が私と友達になりたがってくれる。みんなが助けてくれる。プレゼントもいっぱいもらった」。画面越しに掲げて見せるのは、星模様の新しい青いスクールバッグ。校長先生からの贈り物だという。
国連児童基金(ユニセフ)によると、欧州諸国はウクライナ難民の子どもたちを到着後3カ月以内に学校に受け入れると約束している。
ただでさえ少ない予算やクラス規模の大きさ、コロナ禍の影響と格闘している各国の教育制度にとって、難民の受け入れは大がかりな取り組みだ。言語や心理面で専門的な支援を必要とする難民の子どもも多い。
ユニセフは、子どもを素早く学校に復帰させることは、子どもたち自身の成長だけでなく、ウクライナの将来にとっても非常に重要だと指摘する。
ユニセフの広報担当、ジョー・イングリッシュ氏は「学校は短期的には、トラウマを乗り越えるための支えと安定、組織を子どもたちに提供する。長期的には、紛争が終わった時に故郷を建て直すのに必要な知識とスキルを授ける」と説明した。
<大きな連帯>
ユニセフによると、これまでに360万人余りのウクライナ人が国を脱出しており、うち約半分が子どもだ。ポーランド、ルーマニア、モルドバ、ハンガリーの4カ国に逃れた難民が最も多い。
アイルランドは、ロシアがウクライナに侵攻した2月24日の直後にウクライナ人について査証(ビザ)を免除した。アイルランドに住むウクライナ人は最近まで約5000人だったが、今では倍以上に増えた。
アイルランドは難民の子どもを支えるため、ウクライナ人教師の受け入れを優先している。
ドイツも学校でのウクライナ人教師の採用を検討している。同国メディアが伝えた。
200万人以上のウクライナ人を受け入れたポーランドは、法律を変えてクラスの規模を拡大。教育予算を増やし、親のためのホットラインを設けた。10万人以上のウクライナ人児童が学校に登録済みで、今では約半分の学校にウクライナ人の生徒がいる。
ある程度ポーランド語を話せる児童は通常のクラスに入り、その他の児童はポーランド語を学びつつ、通常クラスと分けて授業を受けている。
政府はまた、ポーランド語を話せるウクライナ人が授業補助の仕事に就けるよう、通常の採用規則の適用を免除した。
教育省の報道官、アンナ・オストロフスカ氏は「子どもたちを助けるために必要なら、私たちは法律も学校の組織も変える。連帯が大きく広がっている。とても感動的だ」と語った。
<トラウマの懸念>
難民専門家の間からは、言語支援に当たる教師や、トラウマを抱えた子どもたちへの心理的支援の不足を懸念する声も上がっている。
バルバラさんを含め、多くの子どもたちの父親は戦争で戦っており、祖国に残る親戚もいる。砲撃や、愛する人の死を目撃した子どももいる。
バルバラさんの母、タチアナさんは「子どもたちは今もニュースを聞き、何が起こっているか知っているので心配だ」と話す。バルバラさんは父を恋しがり、毎日チャットアプリで父と話をしているという。
祖父はウクライナ南部ザポリージャの小児科医で、ロシアによる南部マウリポリ爆撃で負傷した子ども達を手当てしている。
「家を出る日、バルバラはずっと泣いていた。もうすぐ終わるからね、と話して聞かせたけれど、再び故郷を目にできるのはいつなのか、そんな日が来るのかどうかなど、だれも知らないのが現実だ」とタチアナさんは語った。
アイルランド、ポーランド、英国の教育省は、メンタルヘルス面の支援も提供するとしている。ただ、ウクライナ語でそれができるかは不明だ。
多くの欧州諸国と同様、アイルランドも深刻な住宅不足に陥っているため、難民の子どもの多くは専門家による支援を得にくい郊外に住むことになるかもしれない、と難民支援団体は指摘する。
バルバラさんが入った学校は、難民の子どもを他の生徒と同じクラスに編入させようとしている。ただ、暖かく歓迎してもらってはいるが、休憩時間は大変だとバルバラさんは言う。「だれも私たちの言うことを理解してくれないから焦った」。語学アプリでもっと英語を勉強するつもりだという。
<デジタル化が追い風>
コロナ禍中にオンライン学習が広がったことは、入学先が決まるのを待つ多くの子どもたちの役に立つかもしれない。
ウクライナの学校の一部は戦争が始まって以降もオンライン授業を続けており、国外からもアクセスできる。
欧州連合(EU)諸国の教育省も、難民の子どもを助けるためにデジタルコンテンツをプールする方法を模索中だ。
英国では、コロナ禍中にオンライン教育を施すために設立された慈善団体、オーク・ナショナル・アカデミーが、既に1万本の授業をウクライナ語に翻訳した。理論上、児童は英語のカリキュラムをウクライナ語で履修できることになる。
アイルランドにいるバルバラさんは算数の勉強に熱を入れ、日々新しい単語も覚えている。学校が子どもたちに日常の感覚を蘇らせる助けになった、と母のタチアナさんは言う。
「なるべく物事を前向きに受け止め、これが子どもたちにとって冒険として思い出に残るよう願っている」
(Emma Batha記者)