[上海 6日 ロイター] - 3月24日、中国中部阜陽市の裁判所は、阜陽民生医院が債務不履行のため破産を申請したと発表した。4年前、総工費15億ドル(約2030億円)で建設されたばかりの私立病院だ。
阜陽民生医院はこの約2年間、同市の新型コロナウイルスワクチンの大規模接種や検査プログラムに全面的に参加してきた。市当局の命令に従い、約100名の職員が咽頭ぬぐい液による検査の訓練を受け、移動式のワクチン接種設備を用意して学校や職場に向かった。
ウイルス封じ込めて根絶を目指す中国政府の「ゼロコロナ」政策に合わせた対策にリソースを割いたことで、阜陽民生医院は収益の柱だった多くの業務を停止せざるをえず、財務破綻を避けられなくなった。
阜陽民生医院の破産・再建申請の処理を担当する阜陽市の裁判所が出した民事決定には、同病院の「資金繰りの困難」の原因として、「疫病の影響」の他に、銀行融資を確保できなかった点が挙げられている。
中国の医療産業専門情報サービス「看医界(Kanyijie)」によれば、ベッド数1000床、延べ床面積16ヘクタールの阜陽民生医院の経営が傾き始めたのは、新型コロナ感染の第1波が中国国内に広がった直後だった。
看医界は4月に「2020年1月以来、市当局の感染防止と抑制の取り組みに協力するため、同病院は一部の診察や治療業務を停止し、収益は顕著に減少した。診療報酬は基本的にゼロで、経済的な圧迫は非常に大きかった」と指摘した。
破産手続きが始まり、病院経営者が再建計画に取り組んでいるにもかかわらず、地方自治体当局は同病院の医療スタッフに対し、防護具を着用して新型コロナとの戦いの「最前線」に向かうよう公式に要請している。現場では、地元住民に対する40万件のPCR検査を完了するべく医師や看護師が奔走している。
阜陽民生医院のウェブサイトには、「必要とされる場所にはどこへでも行く。疫病は去っておらず、我々も引き下がるつもりはない」というリー・ウェンファン院長の言葉が掲載されている。
阜陽民生医院のみならず、中国では数十施設の私立病院がこの2年間で破産の申し立てを行っている。中国の「ゼロコロナ」政策を遵守するコストにより破綻に追い込まれた形だ。
阜陽民生医院をはじめ一部の病院は経営破綻後もある程度の業務を継続しているものの、多くは閉鎖されてしまった。14億の国民の健康を守る綻びだらけの医療システムを近代化しようという中国の取組みに、柔軟性に欠ける政策が意図せぬ結果をもたらしたことを裏付けている。
中国は世界第2位の経済大国だが、多くの医療指標では他の先進諸国に比べて遅れをとっている。2030年までに平均寿命を現在の76歳から79歳に改善しつつ、がんやその他の慢性疾患の生存率を向上させることを目標に、「健康中国」計画を進めている最中だ。だが実際には、「ゼロコロナ」政策のせいで目標の多くは達成が難しくなるかもしれない。
「あらゆるレベル、すべての省の医療施設が影響を受けている」と語るのは、フレッド・ハッチンソンがん研究センター(シアトル)で中国の病院に対するコロナ禍の長期的影響を研究しているホン・シャオ氏。「大量検査体制の維持や新型コロナ感染者の急増に対応するため、新型コロナ以外の外来患者と入院患者に対する通常の治療から人材や財源が奪われている」
<病院の経営破綻は倍増>
私立病院は中国の医療体制において重要な役割を担っており、最新の政府統計によれば、2020年の来院患者数に占めるシェアは約15%だった。残りは公立病院が引き受けている。2020年末の時点で、中国国内には公立・私立合わせて3万5394カ所の病院があった。
企業情報データベースの「天眼査(Tianyancha)」によれば、2021年、大規模私立病院の破産件数は46件となり、2020年の26件、2019年の21件を上回った。今年1-5月に限っても、阜陽民生医院を含む26の私立病院が正式に破産手続きを開始した。
昨年末に国営メディアで報じられた天眼査のデータに基づく調査によれば、2020年だけでも公立私立合わせて実に685病院が閉鎖されており、これは前年の2倍近くに当たる。
もちろん、コロナ禍による病院や医療サービスの混乱や疲弊という状況は世界各国で見られる。また、中国における病院閉鎖の中には、多くの病院にとって貴重な収益源であった薬品価格に政府が上限を設定したことなど、コロナ禍以外の要因による例もある。
とはいえ、私立病院の来院者数が急激に減少しているのはデータからも明らかだ。その理由の一端は、新型コロナ感染症が疑われる患者を公立の医療施設に送ることを義務付けている政策にある。ロックダウンの拡大に加え、隔離や入院を強制される懸念から、多くの人々は他の病気の治療を受けるために病院に行くことができなくなるか、行く意欲を失ってしまった。これでは病院としても稼ぎようがない。
最新の公式統計では、公立・私立を問わずあらゆる医療施設の来院者総数は、2020年は77億4000万人と前年比で10億人近く減り、2003年以降年間では初の減少となった。
医学誌「ランセット・リージョナル・ヘルス」が2021年に発表した研究では、20年初の中国における新型コロナウイルスの感染拡大は、あらゆる地域のすべての医療サービスの患者数に「破滅的な副作用」を与えた。同年3月には感染拡大がほぼ抑え込まれていたにもかかわらず、利用者数は6月になっても完全には回復しなかったという。
この研究では、20年1月から6月にかけて、医療施設の来院者数は約24%減少したと推定している。最も減少が激しかったのは、中国国内でも開発が進んだ地域だった。これはもっぱら、新型コロナを恐れて患者が通院しなくなったか、コロナ禍による業務停止のために病院が患者を受け入れられなくなったためだ。
ランセットの研究は、「こうした予防や治療の後退および停滞は、国民の健康に対して新型コロナ感染による直接的な健康被害を大幅に上回る重大な副作用を与えている可能性がある」と指摘。「収益への深刻な打撃により、かなりの数の医療施設や医療事業者の存続が脅かされている」と分析した。
<上海では死亡例も>
「ゼロコロナ」政策の実行に医療リソースを集中させたことで死亡した患者もいる、との批判もある。上海で2カ月続いたロックダウンのさなか、3月23日にツォウ・シェンリさんという女性が喘息の発作で亡くなった。上海東部病院に駆け込んだものの、診療を断られたという。病院側の公式発表によれば、「新型コロナ感染の予防・抑制措置」のために救急部門を閉鎖していた。
上海のロックダウン中に起きたこうした事件について、中国はあからさまな報道を検閲しようと努めている。だが市民らはデータ共有サイト「Airtable」を利用してリストをまとめ、治療を受けられない、あるいは治療が遅れたことによって親族が死亡したとされる210例を収集している。医療文書を証拠として投稿する例もある。ロイターではこれらのケースについて独自の裏付けを得ることができなかった。
上海市衛生健康委員会のウー・ジンレイ氏は3月25日の記者会見で、新型コロナウイルス感染症以外の疾病の治療を受けにくくなっている例が生じている、と述べている。
上海市衛生健康委員会でディレクター代理を務めるツァオ・ダンダン氏は4月の記者会見で、「救急サービスに関しては、短期間で非常に多くの需要が積み上がった。人々の実際のニーズとはまだ大きな開きがある」と述べ、病院が依然として市民に必要な医療を提供できていないとの見方を示した。
北京を拠点とする華創証券によれば、中国政府は今年1-5月に新型コロナウイルスの検査のために少なくとも1500億元(3兆300億円)を投じており、恒久的な検査体制の構築に要する年間のコストは総額4100億元に達する可能性があるという。
中国財政省は2020年、新型コロナウイルスに関連するする医療費はすべて公的な保険や中央政府からの助成金によって賄われると決定している。だが、検査のために労力や機器の一部を提供している多くの私立病院にとって問題なのは、そうした業務を実施しても費用がすぐに政府から補填されるとは限らず、財務的に厳しい状況に置かれてしまう、という点だ。
上海のある公立病院の医師はロイターに対し、4月初めに上海市のロックダウンが始まって以来、病院職員300人が検査に従事し、6月初めのロックダウン解除後も、週末には住民の検査をボランティアで行うことが病院経営陣から期待されている、と語った。
中国疾病管理予防センターが先月発表した上海での感染状況に関する研究論文は、感染力は高いが死亡率は低いオミクロン株との戦いにより、国内の医療リソースに「非常に大きな負担がかかり」、病院は重症患者ではなく無症状や軽症の患者の対応に忙殺されている、と指摘している。
論文は、「かつては新型コロナウイルスの感染者全員を入院させていた地域でも、重症者以外のオミクロン株感染者を入院させるだけの病院リソースはないかもしれない」としている。執筆したのは、以前「ゼロコロナ」政策に懐疑的な見方を表明していた張文宏氏を含む国内の医療専門家チームで、論文はその後、同センターのウェブサイトから削除された。
米シンクタンク外交問題評議会の公衆衛生専門家ヤンツォン・ファン氏は、「医療リソースがすべて『ゼロコロナ』戦略の遂行に投じられてしまい、公衆衛生機能の強化に向けられる関心やリソースが減少してしまった」と分析した。
(David Stanway記者、翻訳:エァクレーレン)