[15日 ロイター] - 「彼らは知っていた」──。
水文学者のアブドゥル・ワニス・アシュール氏がリビア東部の港町デルナを守るダムシステムの調査を始めた17年前、住民が危険と隣り合わせの状況に置かれていることは既に誰の目にも明らかだったという。
「データ収集により、ダムの亀裂や降雨量、繰り返す洪水など、デルナ渓谷には問題が山積しているとわかった」とアシュール氏はロイターに明かした。
「以前にも警告はあった。このことは、ダムを査定しに訪れた水道局の専門家や外国企業を通じてリビア政府もよく知っていた」と同氏は言う。
アシュール氏は昨年、ダムの緊急メンテナンスを実施しなければ、町が大災害に見舞われる可能性もあると警鐘を鳴らす学術論文を発表した。そして「大災害」は今月、同氏が指摘した通りの展開を迎えた。
一年の大半は枯れているデルナ・ワディ川が9月10日夜、丘陵地帯に降り注ぐ雨水を溜め込むためのダムを破壊し、下流域にある町の大部分を流し去った。数千人が死亡したほか、いまも数万人が行方不明者となったままだ。
アブドゥルカデル・モハメド・アルファカクリさん(22)は、自身は4階建ての自宅の屋根に登り助かったが、同様に自宅の屋上に避難した近隣住民が海に流されていくのを目撃したと話した。
「ライトを付けた携帯電話を持ち、手を振りながら叫んでいた」
倒壊した家屋の下敷きになったり、浜に打ち上げられたりした遺体の多くが未だ収容されていない。リビア近代史上最悪の災害を防げたかもしれない警告が無視されていたことに、多くのリビア人が憤っている。
<修復工事の契約>
当局がデルナ上流部のダム修復を試みたのは、トルコの企業に工事を発注した2007年にさかのぼる。
だが2011年、リビアで北大西洋条約機構(NATO)の後ろ盾を受けた蜂起や内戦が発生。長年にわたって独裁体制を敷いていたカダフィ政権が打倒された。その後数年間、デルナは国際武装組織「アルカイダ」や過激派組織「イスラム国(IS)」などイスラム過激派の支配下に置かれた。
トルコ企業アーセルは、デルナのダム修復プロジェクトが07年に開始し、12年に完了したとウェブサイトに記載している。リビア水資源省ダム崩落調査委員会のオマール・アルモガイルビ報道官はロイターに対し、修復の請負業者は治安情勢の悪化により工事を完了できず、要請を出しても戻ってくることはなかったと明かした。
モガイルビ氏は、仮に修復工事が完了していればデルナの被害を抑えることができたかもしれないと認めた一方、「ストーム・ダニエル」がもたらした大洪水の水位はダムの貯水容量を超えていたため、ダムは決壊していた可能性が高いと指摘する。
2021年、リビア監査局の報告書は、デルナ上流域にあるダム2カ所のメンテナンス作業を進められなかった理由として水資源省の「怠惰」を挙げた。
報告書では、ダムの維持管理費や修理費として230万ユーロ(約3億6300万円)が割り当てられているものの、そこから差し引かれた金額はわずかだ。資金が実際に使用されたかどうかや用途については明記されていない。
<暴風雨警報>
ダムを修理しなかったことに加え、豪雨が近づく中で住民を危険にさらしたままにしていたことも当局への批判として挙げられている。
デルナのアブドルメナイム・ガイシー市長は15日、「災害の3、4日前に自ら避難を命じた」とアルハダス・テレビで語った。
ただ、仮にそのような要請があったとしても、実際の避難行動には結びつかなかったようだ。複数の住民が避難を呼び掛ける警察の声を聞いたと話しているものの、実際にデルナを去った人はほとんどいなかったという。
中には、住民に対しデルナに残るよう伝えた当局者もいた。デルナ安全理事会が投稿した動画では、「予想される悪天候に備える安全対策の一環として」10日夜から外出禁止令が出されていた。
水資源省は10日夜、すでに大災害が発生していたにもかかわらず、フェイスブック上で「ダムは良好な状態にあり、事態は収拾できている」と呼び掛けた。同省の広報にこの投稿についてコメントを要請したが、返答は得られなかった。
<破綻国家>
国際的に認識されている西部トリポリを拠点とするリビア政府は、ハフタル司令官率いる民兵軍事組織「リビア国民軍(LNA)」の支配下にある東部では影響力を持っていない。
デルナの状況はさらに複雑だ。LNAが2019年にイスラム主義勢力から奪還し統治しているものの、情勢は依然不安定なままだ。
リビアは資源不足の問題を抱えているわけではない。むしろ、12年間の混乱を経ても比較的裕福で、人口密度が低く、原油産出もあり、国民一人あたりの国内総生産(GDP)が6000ドル(約88万5400円)を超える、紛れもない中所得国だ。
ただ、石油資源がもたらす富は、カダフィ政権の崩壊後、行政機関を管理する複数の競合組織へと分配され、ほとんど追跡不可能になってしまった。
トリポリにある暫定国民統一政府のドベイバ首相は14日、ダム工事が完了していない原因として、怠慢や政治的分裂、戦争、「資金の損失」を挙げた。
北東部ベンガジ議会のサーレフ議長は、今回起きたことは「未曽有の自然災害」であり、「事前に何ができたか、何をすべきだったか」ばかり考えるべきではないとして当局の責任を否定した。
デルナ住民は何世代にもわたり、ダムが引き起こす危険を理解していたと歴史教師のユセフ・アルファクリさん(63)は語る。だが、1940年代以降、小規模な洪水を何度も乗り越えてきたアルファクリさんにとっても、今回の災害の恐怖はこれまでの経験とは比べ物にならないほどだったと言う。
「水が家に流れ込み始めた時、私と二人の息子、そして息子の妻たちは屋根に避難した。洪水の勢いは私たちよりも速く、階段の間にも押し寄せてきた」と振り返る。
「皆が祈り、泣いていた。死を目の当たりにした」とアルファクリさん。水が「まるで蛇のような」音を立てて迫ってきたと当時の状況を説明した。
「過去10年間の戦争で数万人を亡くしてきた。だが、デルナは同じ人数をたった1日で失った」