[ラホール 31日 トムソン・ロイター財団] - パキスタンのソフトウエア技術者、アリさん(30)は失業中だ。昨年末、オンライン融資アプリで30日間の小口融資を受け、滞納中の電気代をやっと支払えると胸をなで下ろした。
アプリで申し込んでから数分後には、アリさんの口座に振り込みが行われた。経済危機に悩まされつつも銀行融資を利用できないパキスタンの低所得層の間では、こうした魅力に満ちた融資アプリが急速に広まりつつある。
匿名を条件にトムソン・ロイター財団の取材に応じたアリさんは、パキスタン第2の都市ラホールで、兄弟が経営する衣料品工場の中に座り、「たった10分で、申し込んだ1万5000ルピー(約7330円)から手数料を引いた額が口座に振り込まれた」と語る。
だが、融資を受けてから7日後、安堵(あんど)の気持ちは恐怖に変わった。ただちに返済するか、ペナルティーを払って返済を1週間遅らせるよう要求する電話がかかってきたのだ。
「日曜日でもおかまいなしに私や知人に電話してきて、脅迫や暴言を浴びせかけた。あまりにもストレスだったので、別の融資アプリの誘いに乗って借金を完済することにした」とアリさんは言う。
だが結局のところ、新しい貸し手もやはり悪質業者で、目をむくほどの高金利を要求してきた。最初に借りた1万5000ルピーは、最終的に23万ルピーにまで膨れ上がった。
デジタル人権擁護や消費者保護を掲げる団体によれば、アリさんのような体験はますます一般的になっているという。2億2000万の人口を抱えるパキスタンでは、モバイルアプリを利用する数十社もの融資業者に頼る人が増えており、悪徳商法や詐欺の温床が生まれているからだ。
アプリの多くは規制対象になっているが、それでも、国内金融市場を監督するパキスタン証券取引委員会には、こうした融資アプリについての苦情が今年に入ってから1000件以上も寄せられている。
<データ不正利用や脅迫も>
非営利組織(NPO)「カランダーズ・パキスタン」が今年行った調査によれば、スマートフォン利用の飛躍的な拡大を反映して、2022年のパキスタンにおける個人向け融資アプリの利用率は19%、2年前に比べて2倍以上となった。
だが、主として銀行融資を利用できない人々に対してこの種のアプリが手軽で無担保の融資を提供する一方で、その人気拡大につれて、顧客データの悪用のほか、脅迫や恐喝を含む強硬な取り立てを常とう手段とする非合法貸金業者についての苦情が急増している。
パキスタン証券取引委員会が受理した苦情は、5月の時点で、認可を受けたオンライン金融業者について1415件、無免許業者について181件に上る。連邦警察は、顧客への脅迫に関与したアプリを捜査中だ。
だが、パキスタンのNPO「デジタル権利財団」を運営するニガート・ダッド弁護士は、これは氷山の一角かもしれないと語る。同NPOは融資アプリに関連して、法外な金利や繰り上げ返済の要求、顧客の個人的な連絡先を使った脅迫といった問題事例を記録してきた。
そうしたアプリの多くでは連絡先の詳細が表示されず、被害に遭った顧客が改善を求めることも不可能だ。
ダッド弁護士は、ネットリテラシーが低いせいで、手っ取り早い解決策を約束するアプリにつけこまれやすくなっていると話す。
パキスタン証券取引委員会のラジャ・アテーク・アハメド氏は、コロナ禍以降、パキスタンでも他国同様にスマートフォンの利用が急増し、「緊急融資」を求める人々にとって、モバイルベースの融資アプリが身近なものとなっていると語る。
金融の専門家は、融資アプリの横行には、銀行融資を利用する際の面倒な手続きや官僚主義的なハードルにも一因があると指摘する。
ラホールの情報技術大学で教えるファハド・アリ氏は、「お金を必要とする人々に対して、銀行は所得証明を要求し、気持ちを萎えさせるような厳格な仕組みを用意している。それに銀行では、小口の融資や、1週間や1カ月といった短期の融資を利用できない」と語る。
<強引な取り立て>
ラホールの住民でもう1人、やはり匿名希望の女性(26)は、ソーシャルメディアで知った融資アプリに登録した日のことを悔やんでいるという。
融資の申し込みをしていないにもかかわらず、数日後には銀行口座に1万ルピーの入金があったため、すぐに返金した。
「私からお金を受け取ったことを否認して、最初は私にしつこく連絡してきた。その後、連絡先へのアクセス権限を利用して、友人や家族にまでつきまとい脅迫や暴言を浴びせてきた」とこの女性は語る。
最終的に、脅迫を止めてもらう代償として強要された4万ルピーを支払ったものの、それでも電話は続き、女性はこのアプリを当局に通報した。
証券取引委員会のアハメド氏によれば、融資アプリの利用者のうち被害に遭った顧客はごく一部だが、同委員会では苦情の増加を懸念して、オンライン貸金業者に関する新たなガイドラインを発表した。
このガイドラインでは、オンライン融資を提供するノンバンク金融機関(NBFC)は顧客に対し、英語とウルドゥー語の2カ国語で、音声または動画、電子メール、テキストメッセージにより融資額、金利、手数料などの費用、融資期間を開示しなければならない、と示されている。
また証券取引委員会は声明で、「仮に利用者の同意があったとしても」、携帯電話上の連絡先や写真へのアクセスを禁じられるとした。
またグーグルでも、融資アプリに対して国ごとの免許書類を提出して個人向け融資を提供・あっせんする資格を証明するよう求めるとともに、個人融資アプリがユーザ-の連絡先や写真にアクセスすることを禁止した。
だが、デジタル人権擁護の活動家らは、被害者への補償と救済を確実に行うには、さらに厳しいルールが必要だと指摘する。
ダッド氏は「消費者の権利擁護を目指し、消費者が詐欺的なアプリを報告できるようにして、被害額を回収する仕組みを設けるような規制が必要だ」と述べ、最も無防備な状態に置かれているのは低所得層だと付け加えた。
ラホール住民のアリさんは、経済的に困窮している人々に、悪徳貸金業者に頼らないよう呼びかける。
「ハイエナのような貸金業者から借りるくらいなら、貧困の中で死ぬ方がましだ」とアリさんは話した。
(Waqar Mustafa記者、翻訳:エァクレーレン)