[ジュネーブ 18日 ロイター] - トランプ米大統領は競合国に対する一連の関税発動で世界貿易の秩序を一変させた。そして今、米国の強硬政策によって、世界貿易機関(WTO)の紛争処理制度が機能不全に陥る危機が迫っている。世界は自由貿易の後ろ盾である多国間主義の枠組みから「弱肉強食」の時代に逆戻りしかねない状況だ。
トランプ政権は2年前からWTO紛争処理制度における最終審である上級委員会の欠員補充を阻止してきた。これにより、委員の数は7人から3人に減少し、上級委員会が機能するために必要な最少人数ぎりぎりを保ってきた。しかし、12月10日にこのうち2人が任期満了を迎えるため、実質的に機能が停止する。
一方、米国は強硬姿勢を一段と強め、WTOの予算にも疑問を呈する構えだ。通商関係者はロイターに対し、WTOへの最大の資金拠出国である米国が、WTOの予算確保を阻止し、紛争処理機能の停止を早めるリスクが高まっていると語った。
米通商代表部(USTR)はWTOの予算についての問い合わせに応じていない。
米国は、上級委員会が頻繁に90日の審査期限を超えて判断を示したり、WTO加盟国が与えた権限を超えて新しいルールをつくっているとして不満を示してきた。
ベルギー出身の元上級委員、ピーター・バン・デン・ボッシュ氏は「米国は上級委員の選出を阻止することで紛争処理制度の最大の弱点を突いてきた」と指摘。
WTO紛争処理は二審制で、一審の小委員会(パネル)で判断が示された案件の約7割が上級委員会に上訴されている。現在3人の委員が示す最終判決には法的拘束力がある。
22日に開かれる164のWTO加盟国による月例会合でメキシコは118カ国の代表として、上級委員会の欠員補充の必要性をあらためて訴える見通しだが、米国は拒否権を再び行使するとみられる。WTOの決定は総意に基づいているため、反対が1票でもあれば提案は却下される。
会合の議題によると、米国はまた、上級委員の報酬についても懸念を表明するとみられる。
<上訴が実質不可能に>
WTOは過去25年間で350件以上の紛争処理案件について判断を示してきた。現在は米中関税合戦やトランプ政権が2018年に発動した鉄鋼・アルミ関税、日本の輸出制限に関する日韓の紛争、カタールと近隣国の紛争などについて審理が行われており、WTOの重要性が増しているのは疑いようがない。
しかし、これら係争中の案件についても、上級委員会自体が機能不全に陥れば、上訴が実質的に不可能になる。
欧州連合(EU)欧州委員会の高官は、法的拘束力のある最終判決を出す能力が奪われれば「不正行為に許可を与えるのも同然だ」と嘆いた。
米国の不満に対しては、多数のWTO加盟国が同調しており、ルールの明確化を提案している。それでもなお、米国は満足していない。
米国のデニス・シアWTO大使は前月、加盟国に対し、「現状に至った経緯について協議することが必要不可欠だ」と強調した。
メキシコの元WTO大使、ロベルト・ザパタ氏は、米国が懸念を深めているのは、WTOが中国や市場原理をあまり導入していない国家主導型経済に対応する体制が整っていないという認識と関係していると指摘する。
上級委員会のウジャル・バティア委員長(インド)とトーマス・グラハム委員(米国)の任期が12月10日に切れた後に何が実際に起きるかは不明だ。現行ルールは委員が在任中に担当した案件については退任後も引き続き審理できるとしている。そのような案件は10件程度ある。
ただ、グラハム委員については退任後は審理を継続しないとの観測がある。同氏からコメントは得られていない。
米国が上級委員会の予算確保を阻止すれば、突如として機能停止に陥る可能性もある。
EUはカナダおよびノルウェーと、WTOルールに基づき、元上級委員による上訴案件の審理継続を認めることで合意しており、12月10日の現委員の任期切れ後に他の諸国も賛同すると期待している。
しかし、米国は元委員による審理に予算を付けるべきではないと主張している。元上級委員のバン・デン・ボッシュ氏は、米国の主張が通れば、機能停止回避に向けたEUの暫定策は「水の泡」になると述べた。