竹本能文
[東京 5日 ロイター] - 菅義偉首相が検討を決めた対緊急事態宣言の再発出は、世論の目には小池百合子・東京都知事らに押し切られた形に映り、総選挙の時期が迫る与党内から不満の声が聞こえる。首都圏1都3県の飲食店に的を絞ったこのやり方で効果が出なければ、支持率はさらに下がり、ポスト菅をめぐる政局の引き金になるとの見方が出ている。
<4知事連名という構図>
「昨年末の時点で菅さんが先手を打った方が良かった」。自民党のある幹部は5日、ロイターの取材にこう答えた。
昨年12月25日のクリスマスに開いた記者会見、菅首相は緊急事態宣言の発出には消極的な姿勢を示していた。事態が動きはじめたのは6日後の大晦日。東京都の新規感染者が初めて1000人を超え、首相は急きょ関係閣僚と対応を協議した。年明け1月2日には東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県の4知事が揃って西村康稔経済再生相と会談し、3時間以上にわたって緊急事態宣言の発出を迫った。そして4日、菅首相は宣言発出の検討に入ると表明した。
菅首相が緊急事態宣言に後ろ向きだったのは、ようやく持ち直してきた経済への打撃を懸念したためだ。安倍晋三政権下で出した昨春の緊急事態宣言後、4─6月の国内総生産(GDP)は戦後最大の落ち込みを記録した。「コロナ対策が後手に回っているとの批判から、首相の年頭会見で緊急事態宣言の検討を表明せざるを得ない流れになった」と、事情を知る政府関係者は言う。
政府・与党関係者が特に気にかけているのが、1都3県の知事が一致団結して菅政権に対策を迫ってきた構図だ。「小池知事1人で緊急事態宣言を要請しただけならば、小池氏のパフォーマンスで終わった」と、前出の自民党幹部は指摘する。「4知事連名で要請し、小池さんに菅さんが押された格好だ」と、同幹部は語る。
「1都3県に出すの遅いでしょ、出すの遅すぎてその他の県にも多分蔓(まん)延してる」、「遅きに失した感は否めないが、これは経済へのダメージを少しでも避けたい菅総理と医療現場の崩壊を防ぎたい知事との攻防」──4日の年頭会見後、短文投稿サイトツイッターには菅首相が緊急事態宣言の検討を表明したことを巡ってユーザーの投稿が相次いだ。
4知事は独自の対策として、住民に対して午後8時以降の外出自粛も呼びかけることを決めた。
<五輪開催可否が大きな要因に>
菅政権は昨年9月の発足当初、報道各社の世論調査で70%前後と高い内閣支持率でスタートした。だがコロナ対応への批判から、昨年末時点で30ポイント前後支持率が急落している。後手に回ったと批判を浴びながらも、経済活動を重視し、景気の浮揚を人気回復につなげたい菅政権は、あくまで限定的な緊急事態宣言にこだわっている
全国で広範に行動制限をかけた昨春と違い、今回は1都3県の飲食店に絞って規制する。小中学校を一斉に休校にしたり、イベントの開催を一律に制限することもしない見通しだ。菅首相は4日の年頭会見で、北海道や大阪府では飲食店の時短営業で感染者が減少傾向に転じたと強調した。
「感染症と文明」などの著書がある長崎大学熱帯医学研究所の山本太郎教授は、「緊急事態宣言の内容が現時点でわからないためコメントが難しい」としつつ、「人と人の接触を減らし、ウイルスの感染速度を減らすことにつながるのであれば効果はある」と話す。
自民党の中堅議員は「感染拡大にブレーキがかかり、緊急事態宣言に一定の効果があったと判断され、ワクチンが普及し、東京五輪・パラリンピックも予定通り実行できるようならば、政権再浮揚のきっかけになる」と期待する。その一方で、政権が期待していたような効果が出なかったり、宣言の対象と期間が次第に広がるようなことがあれば、「支持率の低下につながり政局要因だ。ポスト菅をめぐる議論が出てくるだろう」と予想する。
衆議院は、任期満了を迎える今年10月までのどこかの時点で総選挙が行われる。菅首相を顔にして自分たちが選挙で勝てるのか、自民党所属議員は値踏みをしている。コロナ以外にも支持率に影響する材料は山積みで、1月18日に始まる通常国会では安倍前首相の「桜を見る会」前夜祭問題や吉川貴盛元農相の収賄疑惑問題などを野党が追及するのは必至だ。
とりわけ東京五輪の開催可否は大きな要素になりそうで、「3月に開かれる国際オリンピック委員会(IOC)の理事会で五輪中止が決まれば、国会は大混乱。菅首相で衆院選は無理との声が出る」と、自民党関係者は話す。
与党内ではポスト菅候補として、石破茂元幹事長や野田聖子幹事長代行、岸田文雄元政調会長、河野太郎行革相、茂木敏充外相などの名がすでに取りざたされている。
時事通信の元解説委員で、政治評論家の原野城治氏は「菅首相で衆院選を戦えないとの声が高まれば、春の予算成立後の菅首相辞任もあり得る」とみる。「菅氏に解散できる求心力はない。自民党は新総裁を模索するだろう」と語る。
*見出しの体裁を修正しました。
(竹本能文 編集:久保信博※)