[17日 ロイター] - 新型コロナウイルスワクチン接種を巡って世界に生じた配分格差問題が再燃する──米製薬大手メルクが緊急使用許可を求めているコロナ経口治療薬「モルヌピラビル」について、必要としている国・地域ほど供給が後回しになる恐れがあると複数の国際医療関係者が警告している。
<後発薬にも着手、問題はスピード感>
ワクチン接種率が70%以上の先進国など豊かな国に比べ、例えばアフリカではこれまでに接種を完了したのは全人口のうちわずか5%程度にとどまり、入院を防ぐ治療法が今すぐにも求められている。
メルクはリッジバック・バイオセラピューティクスと共同開発したモルヌピラビルについて、重症化の恐れがある患者の入院と死亡のリスクを約50%減らす効果を証明した中間臨床試験結果を踏まえ、11日に米食品医薬品局(FDA)に緊急使用許可を申請。早ければ12月にも承認される可能性がある。
同社は5日間で2回服用するモルヌピラビルを年内に1000万回分、来年には2000万回分製造する予定。パンデミックに伴う特例措置として複数の後発薬(ジェネリック)のライセンス契約手続きにも乗り出しており、インドの製薬8社とのライセンス契約によりアフリカ地域を含めて109の低中所得国に割安な後発薬を届ける予定で、その製造開始に不可欠な技術移転も進めている。今もワクチンの特許放棄や後発薬の投入を通じて供給を拡大することに抵抗している他のメーカーとは対照的なこうした取り組みは、国際医療機関にも評価されている。
しかし、国際医療関係者の話では、低中所得国に十分な量のモルヌピラビルが行き渡るには数が足りない上、国際機関側の態勢不備と官僚主義的な手続きに阻まれ供給時期が一段と遅くなりかねない。
国連のATCアクセラレータ(ワクチンや治療薬の公平な利用を促進するための国際的枠組み)向けに最近準備された報告書は、国連関連機関がモルヌピラビルなど新たな治療法を適宜、十分に確保できるほど迅速に動けていないのではないかと指摘している。 後発薬がいつ、どのくらい手に入るかも不明だ。モルヌピラビルのライセンス製造を請け負うオーロビンド・ファーマ、シプラ、ドクター・レディーズ・ラボラトリーズ、エムキュア・ファーマシューティカルズ、ヘテロ・ラブズ、サン・ファーマシューティカルズ、トレント・ファーマシューティカルズといったインド勢はいずれも、生産計画の詳細を示すことを拒否している。
さらに、多くの国では低所得国向けに製造するためには世界保健機関(WHO)の承認が必要で、通常は手続きに数カ月かかる。
<供給交渉で低中所得国は不利か>
国連が支援し、製薬会社や研究機関などが特許権を第三者に割安で提供する「医薬品特許プール(MPP)」は、メルクがモルヌピラビルのライセンス供与先を広げた場合、製造に携わりたいとする企業24社と契約を結んだ。MPPの理事会メンバーとなっているパブリック・シチズンのピーター・メイバーダク氏には「ライセンスがなければメルクに頼るしかなく、高過ぎる価格設定や供給不足に直面しかねない」と指摘。結局はモルヌピラビルの争奪戦となり、貧しい国が豊かな国に負けてしまう可能性があると話す。
メルクはモルヌピラビル供給先の国の支払い能力に応じて価格を段階的に設定し、世界中に遅滞なく提供していくと約束。広報担当者によると、モルヌピラビルのライセンスを拡大し、品質が保証された製品を世界に十分供給するための協議を行っている。
しかし、別のMPP関係者は、中所得国が先進国との話し合いで厳しい立場に置かれると予想する。先進国を始めとして多くの国が既にモルヌピラビルの確保に動いており、例えば米国は1回当たり約700ドルで170万回分を既に抑え、2023年1月までにさらに350回分の供給を受ける契約を結んでいる。オーストラリア、韓国、タイ、台湾、シンガポール、マレーシアの各政府は既にメルクと供給契約を交わしたか契約交渉中で、欧州連合(EU)も欧州医薬品庁の承認後の購入を検討中だ。
メルクのグローバル公共政策担当エグゼクティブディレクター、ポール・シャーパー氏によると、同社が選定した後発薬メーカー8社は全て製造施設に関してWHOから事前に認定済みで、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)のような買い手への供給が可能となっている。価格と製造量を決めるのはメーカー側で、シャーパー氏は「われわれが期待するのは、彼らが互いに価格競争してくれることだ」と述べている。