[モントリオール/ベンガルール 15日 ロイター] - クリストフ・ギャニオンさん(21)は、航空電子工学の勉強などもう止めてしまおうかと思っていた。コロナ禍のために航空産業はどん底の状態だったからだ。それでも学業を続けた彼のような若者は、運航を維持するのに必死の航空産業にとって金の卵となっている。
ロックダウンによって航空産業の活動がほぼ停止してから2年、修理工場やサプライヤーは、ギャニオンさんのような学生を求めて奔走している。ギャニオンさんは、カナダ航空産業の中心地ケベックにある航空宇宙分野のカレッジ「ENA」をまだ卒業もしていないのに、多数の求人オファーを受けている。
こうした採用競争は、空の旅が予想より急速に回復している証拠だ。それと同時に、この業界が市場最悪の危機から手探りで回復しようとしている今、人手不足によってコストが上昇し、航空機のメンテナンスが長期化している兆候でもある。18日には今年最大の航空展示会であるファーンボロ航空ショーがロンドン近郊で始まったが、顔を揃えた業界幹部らも、人材不足の悩みが頭から離れない。
このところの運航中止のニュースで取り上げられるのは客室乗務員の不足だが、航空整備士の確保も経営幹部の悩みの種だ。英ナベオ・コンサルタンシーによれば、今年、航空機のメンテナンス、修理、オーバーホールに見込まれる支出は約840億ドルだ。
米商用航空機会社・GAテレシスLLCのアブドル・モアベリー最高経営責任者(CEO)は、「大いに苦労している。(労働者を)十分に確保できない」と言う。
テレシスでは10%の昇給を提示したが、それでも従業員の引き留めは厳しくなっている。同社所在地の南フロリダでは住宅価格が高騰しており、人によっては、もっと生活コストのかからない地域での求人に目が向いてしまうからだ。
航空機利用が回復する中で、ボーイングなどの航空機メーカーにとって、利益率の高い保守・修理産業の魅力は大きい。同社による2021年時点の予測では、グローバルな航空産業全体での今後20年間の新規求人需要は、パイロットの61万2000人に対し、整備技術者は62万6000人に達するとされている。
業界幹部らは、航空機の飛行安全性を証明する整備技術者が不足すれば、欠航や修理の遅延につながりかねないと語る。
整備技術者の引退や自動車など他業界への転職といったトレンドは以前から見られたが、コロナ禍に伴う人員削減によってそのペースは加速し、技術者養成系の学校が送り出す卒業生では、その穴を埋め切れていない。
米連邦航空局(FAA)認定の整備士の平均年齢は53歳で、米労働統計局が発表した国内労働者の平均を11歳上回る。航空技術者教育機構(ATEC)によれば、航空整備技術者を養成する米国内の学校の入学者数は、2019年に前年比で13%増加したのに対し、コロナ禍が始まった2020年には0.55%しか増加しなかった。
「整備士の採用は、コロナ禍前の時期と比べて明らかに困難になっている」と、ルフトハンザ・テヒニークAG で人事を統括するフランク・バイエル氏は語る。
軍用機の修理を手がけるカナダのカスケード・エアロスペースの経営幹部であるスコット・キャドウェル氏によれば、パンデミックで民間航空会社が業績不振に陥り余剰人員が生まれた時期には、年間およそ100人の労働者を集めることができたと語る。現在は、「熟練労働者を募集しても何の反応もない」という。
<求められるイメージ刷新>
カナダのケベック州では、業界団体のエアロモントリオールが、より多くの学生を集めるため、史上初の業界主導キャンペーンをこの秋に予定している。インフルエンサーの協力を得て、伝統的メディアとデジタルメディア両方を利用する計画だ。
ENAの入学者数は2019年と比較して20%減少。これは世界第3位の航空宇宙産業拠点であるモントリオールにとっては憂慮すべき兆候だ。
エアロモントリオールのスザンヌ・ブノワ総裁は、「2年、そして3年と何も変化が起きず、若者たちがこのセクターに関心を持たない状況が続けば、モントリオールからプロダクトを供給することは不可能になる」と警告する。
航空機のメンテナンス、修理、オーバーホールに携わる事業者を対象としたウェルズ・ファーゴによるアンケート調査では、人手不足が7月に入って深刻化しており、対象とした事業者のうち人手不足による「重要な影響」があるという回答は、前回調査の35%に対し、60%に増加した。
年収6桁台(10万ドル以上)になることもあるパイロットと異なり、整備士その他の職種は給与が低く、深夜から早朝の勤務も珍しくない。ATECの調査によれば、整備士の初任給は、2021年の時点で時給換算にして平均22.36ドル(約3100円)だった。
コンサルタント会社マッキンゼーで旅行・物流・インフラ関連部門を率いるアレックス・ディクター氏は、整備士に関してはイメージ刷新が必要だと指摘する。
「医者や弁護士、ビジネスマンにはなりたくない高校生に、では何になりたいかと尋ねても、(略)整備士になりたいという子は比較的少ない」と彼は語る。「この業界はかなり頑張って巻き返さないといけない」
ルフトハンザとシンガポール・テクノロジーズ・エンジニアリング は、一部の職種に対する報酬を上積みしているという。
プライベートジェットの整備を行うコンスタント・アビエーションは、最近、技術者の給与を10%引き上げ、求人需要の急増に対応するため、有資格の経験者に対して1万5000ドル(約210万円)の契約一時金を導入した。
クリーブランドに本拠を置くコンスタント・アビエーションのケント・ストーファー最高戦略責任者(CSO)は、以前であれば数週間前に予約すれば航空機の整備枠を確保できたが、現在では6カ月前の予約が必要だと語る。
ストーファー氏によれば、この業界が賃上げを渋ってきたのは自殺行為だったという。
「今、そのツケが一気に回ってきている」
<学生も歓迎>
カナダ航空宇宙協会(CCAA)による2022年の予想では、2028年までに熟練労働者5万8000人が不足するという。だが、航空機整備や航空電子工学(アビオニクス)、構造力学を教える学校は、定員が限られ修了率も低いせいで、必要な卒業者数の4分の1にも満たない人数しか供給していない。
CCAAでエグゼクティブ・ディレクターを務めるロバート・ドナルド氏は、「業界が独自の訓練プログラムを開発する必要がある。カレッジには業界が必要な人材を鍛える余裕がないからだ」と語る。
民間航空のいわゆる「重整備」と改造を行うカナダのKFエアロスペースで最高企業サービス責任者を務めるグラント・スティーブンス氏は、同社では初歩段階の訓練が必要な新入社員の数を倍増しているという。
これだけ需要が大きければ、新世代の労働者も無関心ではいられない。
ケベック出身でENAに学ぶクリストフ・ギャニオンさんのもとに複数の求人オファーが届いたように、同じくENAで航空機整備技術を学ぶフレデリック・ギャニオンさん(クリストフさんと血縁関係はない)も、就職先にはまったく困っていないと語る。
フレデリックさんの場合は、応募してからわずか1日もたたずに面接にこぎ着けたという。
(Allison Lampert記者、Abhijith Ganapavaram記者、翻訳:エァクレーレン)