3月29日のブレグジット後、アイルランドは欧州連合(EU)加盟国として陸続きの国境でイギリスと対峙する唯一の国になります。
1990年代ごろまで30年間も続いた抗争が想起され、同国では早くも不安が広がり始めているようです。
EUからの離脱をめぐり、イギリスのメイ首相は2月13日に修正案の議会採決を踏まえ政府の方針を最終決定する見通しです。
焦点は英領北アイルランドとアイルランドに横たわる国境問題。
アイルランドとは陸続きでもイギリス領の別の国です。
アイルランドにはケルト系の文化とカトリック信仰が結びついた独自の習慣が今も色濃く残り、バイキングの末裔でもあるアイルランド人は義務教育でゲール語を教えられます。
アイルランドは、かつてイギリスから植民地支配されていた時代があり、1960年代からプロテスタント系、カトリック系の住民が武力紛争を繰り返してきました。
1990年にイギリスのサッチャー政権が退陣すると、アイルランド紛争は収束に向かい、爆弾テロ事件など不穏なムードは払しょくされ始めます。
抗争の歴史に終止符を打つために、国境での厳格な管理は廃止されました。
しかし、ブレグジットにより国境管理が約20年ぶりに復活して再び分断されれば、経済圏だけでなく宗派や習慣の違いも意識され、イギリスとアイルランドは緊張感のあった時代に逆戻りしかねません。
北アイルランド自治政府は機能を停止した状態が続いており、独立闘争の武装組織アイルランド共和軍(IRA)の活動も気がかりです。
英領内でのテロやアイルランドでの報復といった負の連鎖が懸念されています。
筆者がアイルランドに興味を持つきっかけとなったのは、ダブリン出身の小説家・劇作家、ロディ・ドイル原作の映画「ザ・コミットメンツ」(1991年公開)です。
白人なのに黒人の音楽をルーツとするソウルミュージックを演奏しようとする理由について、バンドを取り仕切るマネジャーが「アイルランド人はヨーロッパの黒人だ」と話すシーンがあります。
イギリス支配の歴史からくる反感が今も根強いようです。
ところで、イギリスとフランスを結ぶ海峡トンネルは有名ですが、イギリスとアイルランドの間にもトンネル建設の構想が100年以上前からあります。
たまたま現地に滞在中にそのプロジェクトのことを知りました。
グーグルなどない時代ですから、確認するためアイリッシュ・タイムズという地元の新聞社に出向いたところ、編集局のスタッフがその記事が掲載された新聞を1部、無料で譲ってくれました。
ダブリン-ホーリーヘッド間などの英愛海峡トンネルの青写真は、実現すれば新時代に向けた和平のシンボルになるなどと当時はいわれていたものの、実際には相互の不信感やコストの問題がネックになり具体化しませんでした。
両国がEU加盟国どうしならトンネル開通のメリットを享受することもできたかもしれませんが、ブレグジットによりそんな夢物語のような建設構想もどうやら藻屑(もくず)と消える運命のようです。
(吉池 威)※あくまでも筆者の個人的な見解であり、弊社の見解を代表するものではありません。