[トビリシ/ベルリン 11日 トムソンロイター財団] - 動画投稿サイトのユーチューブに6万人のフォロワーを持つモスクワの環境活動家、ゲオルギー・カワノシヤンさん(35)は、ロシアの類似サービス「Ru Tube」に乗り換えようとした。ウクライナ侵攻を受け、ロシアの動画投稿者が収益を得るのを阻止したためだ。
しかし、政府がオンラインの情報を厳しく管理する中、カワノシヤンさんはRu Tubeへの不満を募らせていく。このサイトを所有するのはロシア国有天然ガス大手、ガスプロムだ。
「私が最初にアップした動画は2、3日間かけてチェックされた」といい、承認が下りる頃には「内容が古くなっていた」
ロシア政府がウクライナ侵攻を巡る国内の情報管理を強化し、米巨大IT企業との対立をエスカレートさせて以来、Ru Tube(2006年創設)などロシア生まれの交流サイト(SNS)はユーザーが急増している。
ロシアのマスコミは政府の主張を忠実に伝える国営メディアが支配しているため、インターネットは長らく、反対派の声や自由な議論の場として機能してきた。
ロシアは侵攻以来、西側がウクライナ問題について偽情報を流していると批判し、ツイッター、フェイスブック、インスタグラムへのアクセスを制限した。ユーチューブも間もなく同じ運命をたどるかもしれない。
ロシア政府は自国のIT企業に対して所得税控除や優先的融資を約束し、その従業員については兵役を遅らせるなどの優遇措置を講じてきた。政治家らもユーザーに対し、国内プロバイダーへの切り替えを促している。
<悲しいインスタグラム>
この結果、新参、既存を問わず国産SNSがユーザー数を伸ばしている。批判派は、これらSNSはコンテンツの削除要求に従順に応じたり、当局への情報提供に協力的だったりすると指摘する。
ワシントンのシンクタンク、欧州政策分析センター(CEPA)のアリーナ・ポリヤコワ所長は「国民が受け取る情報を、政府がますます完全に管理しようとする動きにほかならない」と言う。
ロシアのウクライナ侵攻からの40日間で、Ru Tubeアプリのダウンロード数は約140万回と、その前の40日間に比べて2000%余りも増えたことが、データ分析企業センサー・タワーの調べで分かっている。
以前からロシア市場で支配的なフェイスブックの類似サイト、「VKontakte」は3月にアクティブユーザーが14%増加。SNSの「テレグラム」と「OK」も、それぞれ23%と6%増えた。調査会社ブランド・アナリティクスの調べで明らかになった。
ロシア版インスタグラムの「Fiesta」は3月末、米アップルのアプリ配信システム「アップストア」でダウンロード数首位となった。最近では、同じくインスタグラムに類似した「Rossgram」というアプリもお目見えした。
一方、白黒の写真を投稿するインスタグラムのパロディー版、「Grustnogram」も始動し、ユーザーはインスタグラムが使えなくなったことを嘆く悲しい顔の自撮り写真をアップしている。Grustnogramはロシア語で「Sadgram(悲しいインスタグラム)」の意味だ。
<いいね、も危険>
中国は以前からグーグルやフェイスブックなど西側のプラットフォームを禁止し、対話アプリは「微信(ウィーチャット)」、SNSは「微博(ウェイボー)」、検索サイトは「百度(バイドゥ)」が主流となっている。
アナリストによると、ロシアが中国に追い付くのは時間がかかるかもしれない。国内プラットフォームの中には、西側の大手に取って代わるにはまだ頼りないものもあるからだ。
Rossgramの導入は予定より遅れ、Ru Tubeの国内ユーザー数は依然ユーチューブと比較にならないほど少ないことが、当該企業の発表や市場調査会社の調べで明らかになっている。
一部のコンテンツクリエーターは、検閲や監視、本心を話した場合の影響を恐れ、国内版SNSの利用を避けている。
ユーチューバーで人権活動家のアレクサンドル・キムさん(40歳)は「新設のロシア語サービスを使う意味を見いだせない。そこで自由に発言できるとは思えない」と語る。
デジタル関連の権利団体、インターネット・プロテクション・ソサエティーを率いるミヒャイル・クリマレフさんは、当局が今日承認しても、明日には違法になっているかもしれないと指摘。ユーザーはそれを恐れて投稿しないため、お粗末なコンテンツだらけのプラットフォームになると説明した。
「ユーザーが集まるような質の高いコンテンツを製作するのには勇気がいる。視聴者も、コンテンツクリエーターにフィードバックするのは勇気がいる」とクリマレフさん。「いいねを押したりコメントを書き込んだりするのは危険だ」と話す。
<プロパガンダの奈落>
多くのロシア国民はVPN(仮想プライベートネットワーク)を使って禁止されたサイトにアクセスしているが、それでも反体制派の声を聞くのは日増しに難しくなっている。
ユーチューブによる収益化阻止など、西側IT企業の対応の中には逆効果になっているものもあると、冒頭に登場したカワノシヤンさんは指摘する。体制派と独立系、両方のコンテンツクリエーターを罰することになるからだ。
「収益化禁止措置により、多くの独立系の編集オフィスやジャーナリスト、ブロガーが打撃を被り、ジャーナリズムやメディアの新プロジェクトを立ち上げることがほぼ不可能になった」
デジタル関連権利団体のクリマレフさんも、グーグルやアップルはロシアでインターネット上のデータを暗号化する技術を導入し、政府による禁止措置の裏をかくべきだと訴える。
「インターネットを遮断して禁止するのは、プーチンが使う武器だ。一般ユーザーのネット利用を阻止すれば、人々をプーチンのプロパガンダという奈落に巻き込むことになる」
(Umberto Bacchi記者、Angelina Davydova記者)